第55話
第55話
少年は最後に残った鉱石を指先で転がしながら、軽く振り返った。
その表情には緊張も恐怖も存在しなかった。
「リセイラ様。ご準備はよろしいですか?」
その口調は落ち着いていながら、妙に悪戯めいていた。
続けて少年は静かに付け加えた。
「本来なら……これは僕一人で終わらせて、術式も少し手を入れるつもりでした。
でも、あなたのおかげで効率も上がり……危険も大いに減りました。」
少年は続けて、リセイラに心からの感謝を伝えた。
リセイラはその突拍子もなく現実味のない状況に驚きながらも、少年の表情を見て微笑んだ。
「はは……本当に、君って子は……
一体何者だからそんな台詞を平然と言えるの?」
彼女は目を細め、興味深そうに少年を見つめた。
「どんどん知りたくなるね。
でも……アラヤにまず譲らなきゃ。
私が勝手に横入りしたら困るだろ?」
少年は疲労の見える顔色の中で、微かに笑みを浮かべた。
「では、一つだけ伺います。
……あなた、冒険はお好きですか?」
その問いにリセイラは一瞬呆然とし——
次の瞬間、豪快に笑って剣を抜いた。
「当たり前でしょ!
それがなきゃ私じゃない!」
彼女の剣が空気を裂いた瞬間、
周囲の炎柱と霧が激しく揺らめいた。
少年は頷き、最後の鉱石をゆっくりと起動させた。
「では……行きましょう。」
瞬間——
空間が反転した。
大地は震え、天空は裂け、
都市全体が闇の深淵へと吸い込まれていくようだった。
すべての光が消えた。
すべての音が押し潰された。
すべての景色が墨のように黒く滲んだ。
そして——
二人は正体不明の新たな闇の空間へと「落下」した。
どこかも知れぬ、
時空すら形を失った深い闇へ。
光一つ存在しない空間。
だがその暗黒は、空虚ではなかった。
リセイラは本能的に剣を高く掲げた。
「……何、ここ……?」
少年は呼吸を整え、低く言った。
「彼らが先に用意しておいた “空間” です。
さあ……姿を現す頃でしょう。」
その言葉が終わるより早く——
数千、数万……いや、それ以上の紅い眼光が
暗黒の奥底から一斉に浮かび上がった。
彼らは人の形でもなく、
獣でもなく、
魔物と呼ぶにも不適切な存在だった。
二人は警戒を強める。
一方、都市では覆っていた黒霧が
まるで “実体” を得たかのように蠢いていた。
だが聖なる結界によって、依然抑え込まれたままだ。
新たな正体不明の闇の空間にて、
リセイラは歯を食いしばった。
「……この数ってわけ? 都市一つなんか狙いじゃなかったのね。」
少年の瞳が微かに光った。
リセイラは笑みを浮かべた。
「いいじゃない。
じゃあ——冒険を始めようか?」
二人の足元、そのさらに遥か果て——
終わりなき闇の軍勢が蠢動していた。




