第54話 ― 炎柱の門が開く時
第54話 ― 炎柱の門が開く時
リセイラは再び問いかけた。
「ねぇ……私は何をすればいいの?」
少年は短く息を吸い、微笑を浮かべて答えた。
「見ていてください。」
「……は?」
リセイラは目を細めた。
「見てるだけ? それで終わり?」
少年は頷いた。
「英雄というのは、何かが起こる時、先に身体が反応するものです。
その後は……ご自身で分かるでしょう。」
理解しがたい口ぶり。
だが、それは戯れでも虚勢でもなかった。
リセイラは一瞬戸惑ったが、すぐに周囲の空気が急激に揺れ動き始めた。
不吉な振動。
大地を裂く亀裂。
天から降りてくる奇怪な紋章。
そして——
都市全体を呑み込む、次元の異なる災厄の気配。
リセイラは驚愕し、歯を食いしばった。
「……嘘でしょ。
まさかここまでとは……!」
彼女ですら圧倒されるほどだった。
「もし派遣軍がここへ踏み込んでいたら……巻き込まれて全滅だったね。」
その瞬間、炎柱の一つが爆ぜるように立ち昇った。
本当に眼前で空を裂くほどの力だった。
リセイラは慌てて叫んだ。
「ねえ! 回避しなきゃ駄目でしょ!?
ここ、炎柱の真っ只中だよ!
エネルギーが集中する——」
少年はただ穏やかに微笑んだ。
「ここがちょうどいいんです。」
その言葉に、リセイラの鼓動は本能的に熱を帯びた。
何かが来る。
途轍もないものが。
霧の中の敵の気配はすでに頂点に達していた。
黒紅の霧が生き物のように蠢いていた。
少年が口を開いた。
「ねえ……あの正体不明の敵たち、何者かご存じですか?」
リセイラは短く息を呑んだ。
「諸説あるよ。
でも決定的な答えはない。
謎の存在。
近頃ますます強くなっていて……私たちが解析する速度より早く進化している。」
少年は静かに、意味深な微笑を浮かべた。
「僕たちはまもなく……彼らの“空間”に入ることになります。」
リセイラの目が大きく見開かれた。
「……空間?」
「ええ。ですから——お願いしますね。」
少年が言い終えた瞬間。
都市はついに臨界を越えた。
ドオオオオオォォ——ッ!!!
天と地を同時に引き裂くような超巨大炎柱が発現し、
二人を飲み込んだ。
リセイラは反射的に剣を抜こうとした——
だが手が止まった。
息が詰まるほどの衝撃。
目の前の光景が「理解不能」だったからだ。
「……何、これ……?」
炎柱が止まっていた。
消滅したのではなく、
完全に静止していた。
まるで時間そのものが凍りついたように。
その炎柱を包み込んでいたのは——
正体不明の、神聖なる結界。
少年が手にしていた鉱石の一つが眩く光り、
役目を終えたかのように粉々に消え去った。
その瞬間、
計画通り都市各所に設置しておいた鉱石たちが同時に反応し、
一つ、また一つと光を放ち始めた。
リセイラは呟いた。
「……これは……
見たことも聞いたこともない……神秘の鉱石だ……。」
少年は残された最後の一つの鉱石を指先で転がしながら言った。
その表情には、
これまでとは全く異なる気配がよぎった。
少年は鉱石を軽く投げ、受け止め、
ゆっくりと振り返ってリセイラを見つめた。
「ご準備はよろしいですか、リセイラ様?」
その瞬間、
リセイラの鼓動は本能的に震えた。
——何かが始まろうとしていた。




