第37話
第37話
少年の言葉が、静かにしかし鋭く会議室を切り裂いた。
「絶対に――派遣中の兵を、
私が指定した地点へ近づけてはいけません。」
その一言に、全員が息を呑んだ。
「……何だと?」
「でもあの地点って……防衛線を築く予定の場所だぞ。」
「まさか、そこで何が起きると言うんだ……?」
ざわめきが波のように広がっていく。
中央王国がこの指示を素直に受け入れる可能性は極めて低い。
伯爵が聞いたとしても、状況を納得させるだけの
“表向きの理由”が見当たらないのだ。
そのとき――
少年はふっと柔らかく微笑み、言葉を続けた。
「黄金の獅子様は……昔からとても偉大な方だと伺っています。
高位の方々のあいだでも影響力が大きいのでしょう?
……助けていただけませんか?」
「黄金の獅子」という異名を聞いた瞬間、
ロイドは思わず吹き出すように息を漏らした。
「……聞き入れられない可能性のほうが高いが、
言うだけ言ってみよう。」
すると周囲からすぐ賛同の声が上がった。
「そういえば、ロイドは相当有名だからな。」
「中央でも実力者として知られてるし……通るかもしれん。」
「よし、押し通してみよう!」
しかし、ロイドは一度だけ迷ったように眉をひそめ、
少年へ問いかける。
「……だがな、坊主。
軍の運用命令は、基本的に伯爵の承認なしには無理なんだが?」
少年はまるで待ち構えていたかのように、
静かに微笑んだ。
「その心配はいりませんよ。」
「……?」
「既に、とても優秀な方にお伝えしておきましたから。」
その言葉に、ロイドの瞳が大きく見開かれた。
他の者たちも顔を見合わせ、ざわつき始める。
少年は、一瞬だけ思案するように視線を落としたあと、
そっと腰元にしまっていた紙片を思い出す。
――伯爵夫人に託した“あの手紙”。
そこには、特定地点への軍の進軍を禁ずる理由と、
解析を要する暗号のような情報が記されていた。
「伯爵夫人ほどの方なら、
術師たちを集めてすぐに解読させるはずです。
……侵入者への備えとして、仕方がなかったんです。」
そう呟きながら、少年は再び会議室の中心へと歩み出た。
その後、彼は
各班の役割、移動経路、境界線、進入のタイミングなど、
戦闘計画の核心を次々と具体的に提示していく。
全員が深く聞き入った。
最初は「小さな少年の指示」に戸惑っていた者たちも、
今では彼の言葉ひとつひとつが
“命令”のように響くほど、
正確で、そして圧倒的な説得力を帯びていた。
説明が終わると同時に――
少年は明るく微笑んだ。
「では皆さん。
…………始めましょうか?」
その瞬間、会議室は爆ぜるように揺れた。
「オオオオオオッ!!!!!」
炎のような決意の咆哮が天井を震わせる。
そしてロイドを含むすべての部隊は、
それぞれの目的地へと力強く散っていった。




