第29話
第29話
少年は、廃墟の裂け目をよろめきながら進んでいた。
荒く煮え立つような呼吸。
傷口から零れ落ちた血が衣の裾を濡らしていた。
その瞬間──
空気が、揺れた。
シュッ!
鋭い気配が身体をかすめ、
少年が反応するより早く、脇腹に激しい衝撃が叩き込まれた。
ドガァン!!
少年の身体は宙へ弾き飛ばされ、
背後の砕けた石壁に容赦なく叩きつけられた。
石粉と血潮が同時に舞う。
「……ッ。」
少年は荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
廃墟の向こう、赤い炎光の間から姿を現した敵兵たちが低く呟く。
「なんだ……? まだ人間が残っていたのか。」
「もうすぐ終わりの時だってのに……運のねぇ奴だ。」
「安心しろよ。苦しまねぇように殺してやる。」
彼らは嘲るように笑い、
闇の中から、ゆっくり、ゆっくりと少年へ近づいていく。
少年は立ち上がろうとした。
だが、脚が言うことを聞かない。
肺の奥底から再び血がせり上がり、口端を染めた。
「……逃げることも、できないか。」
遠くから、さらに多くの敵が少年を見つけ、雪崩のように押し寄せてくる。
鈍い足音。
重く引きずられる武器の音。
それらが少年を包囲し始めた。
少年は低く呟く。
「……囲まれた、か。」
その言葉が終わるよりも早く──
背後から、突如として迫った気配。
少年が振り向く間もなく、
黒々とした力がその胴を叩きつけた。
ドガァン!!
少年は再び壁に叩き込まれ、
衝撃が全身をねじり潰した。
炎の揺らめきの中、
彼を襲った者のシルエットが、ゆっくりと姿を現した。
奇怪な呼吸音。
ねじれ歪んだ肉体の輪郭。
赤く濡れたように光る眼。
「……みつけたぞ。ガキ。」
それは恐怖を孕んだ声だった。
人の形をしているのに、もはや人と呼ぶにはあまりに異質な存在。
少年はぼやける視界でそいつを見据えた。
「……おまえ……は……。」
その姿を、彼は知っていた。
──官庁で、婦人に悪質な行為をしようとしていた、あの正体不明の男。
だが今の姿は、まるで別物だった。
肉体は異様なほど歪み、
皮膚のあちこちから赤い魔力が噴き出すように脈動している。
一言で言うなら──化け物。
少年は歯を噛みしめ、低く呟いた。
「確か……爆発に巻き込まれたはずだ。
あの威力でも……死なないのか。」
怪物と化したその男は、ゆっくりと、しかし確実に歩を進めた。
そして、肌を刺すほど低い声で言った。
「……あの女は、どこだ。」
赤い眼がギラリと光る。
「おまえの首を持って……
あの女のところへ行かねぇとな。」
化け物は手を伸ばした。
その手は、もう人間の手ではなかった。
少年は、崩れかけた壁にもたれたまま息を整え、
赤く揺らめく怪物の影を真っ直ぐに見つめた。
炎が揺れる。
そして、空気に満ちた緊張は、肌を焼くほど濃くなっていった。




