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第26話

第26話



二人は歩調を速めた。

赤く染まった灰の上を踏みしめ、崩れた路地を素早く駆け抜ける。

彼女が先頭に立ち進路を指示し、

その者――あの〈彼〉は後方で人々を導き、静かに統率していた。


幾度も走り、息を切らせながら――

やがて一行は、比較的安全といえる廃墟地帯に辿り着いた。


「ここで少し……休みましょう。」

低く落ち着いた声で、彼が言った。

夫人はうなずき、壁に背を預けて腰を下ろす。

荒く上下する息、汗に張り付く髪、そして焦げた灰の匂い。


その間に、彼はそっと影の中へと身を移した。

マントを少しめくり、仮面を外す。

額から流れる汗の粒が月光にかすかに光った。

彼は静かに手の甲でそれを拭い、

何事もなかったかのように、再びゆっくりと仮面をつけ直した。


その様子を、彼女はふと横目で見ていた。

仮面の下、わずかに覗いた横顔――

だが、闇が深く、その表情までは見えなかった。

「……もう少し、近くで見られたらよかったのに。」

小さく呟き、唇をかすかに噛む。


「ここまで来られたのは、運が良かったですね。」

彼が静かに言った。

「この先の細い抜け道を越えれば……北方の避難路に辿り着きます。」


「そうね。」

夫人は息を整えながら短く答えた。

そして再び、仲間たちを促し歩みを進めた。


だがその数分後――

彼女はふと、背後に“何かを失ったような”違和感を覚えた。

振り返る。


……いない。


「……あの子、どこ行ったの?」

彼女はあたりを見回した。

灯り一つない静寂、崩れた瓦礫の音だけが風に混じって響く。

少し焦ったように腰のポーチを確かめると、

そこには一枚の小さな紙片が入っていた。


彼女は息を呑み、慎重にそれを広げた。


『進んでください。

あなたの道に、気高き優雅さが宿らんことを。』


その下には、解読不能な記号のようなものが並んでいた。

古代の紋章にも似た、不思議な文字列。


「……この馬鹿。」

彼女は小さく笑い、しかしその瞳はわずかに揺れていた。

「まだ名前も知らないのに……顔だって、ろくに見てないのに……。」


しばらくその子が消えた方角を見つめ、

やがて静かに顔を戻した。


「……止まっていられないわね。」

指揮官としての顔を取り戻し、深く息を吸い込む。

そして人々の前に立ち、声を張り上げた。


「全員――前進!」


灰に覆われた道を、再び彼らは進み出した。

彼女の足取りは揺るぎなかったが、

その瞳の奥にはかすかな空虚さが滲んでいた。


長い沈黙のあと、

遠くに旗が揺れるのが見えた。


「……あれは!」

夫人は息を詰め、目を見開いた。


灰の彼方に――

北方防衛線の味方の兵士たちが見えた。

彼らの旗は、灰の嵐の中でもなお、蒼く光を放っていた。

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