第25話
第25話
崩れ落ちた壁の隙間を、熱を帯びた風がすり抜けていった。
細かな灰が二人の肩に舞い落ちる。
その者はゆっくりと顔を上げた。
空はなおも赤く染まり、揺らめくように歪んでいた。
「……何か、おかしな気配を感じます。」
彼の低い声が、灰の上を静かに滑った。
夫人は歩みを止め、振り返った。
「おかしな気配?」
彼は少し言い淀みながらも、静かに問いかけた。
「ひとつ伺ってもいいですか。……この場所に、“とても強い者”がいたことはありますか?」
夫人の瞳がかすかに輝いた。
「どうして、そう思うの?」
「……理由は分かりません。ただ、そんな感じがするんです。」
彼の視線は空と地面のあいだを行き来していた。
まるで“何か”がまだこの地に残っているかのように。
夫人は小さく笑い、呆れたように首を振った。
「素直じゃないわね。」
そして手についた煤を払うと、淡々と続けた。
「でも、そうね。あなたの言うとおり、不自然よ。
いくら避難に成功したとはいえ、思ったより敵の姿が見えない。
まるで、あらかじめ“片づけられていた”みたいにね。」
風が二人の間をすり抜けた。
夫人は低く呟く。
「敵がこの程度のはずがないのよ。」
彼は静かにうなずいた。
「なるほど……。」
「それに、北部を除いた地域がほぼ全滅するなんて、想定外だった。
これからいろいろ調べるつもりだけどね。」
彼女は一瞬黙り、何かを思い出したように微笑んだ。
「あなたの質問に答えるなら――そうね、“英雄たち”が現れたと言うべきかしら。」
「英雄……?」
彼の声に、かすかな驚きが混じった。
「そうよ。彼らの一部は北方以外の地域に派遣され、現状の把握と次の計画を進めている。
残りは北部の防衛線を守っているわ。」
夫人は遠く、煙る空を見上げた。
「でも……一人だけ、行方が分からない。
アルベントなら何か知ってるかもしれないけれど、私にはさっぱりね。」
「その人は……どんな方なんです?」
彼が問うと、夫人は唇にかすかな笑みを浮かべた。
「誰なのかは分からない。でも、“凄まじい者”であることは確か。
中央王国でも名を知らぬ者はいないのに、
なぜか誰もその素顔を見たことがない――そんな人物なのよ。」
彼の目が静かに輝いた。
「……やはり、お話の通り。とても興味深い方ですね。」
夫人は楽しげに笑った。
「でしょ? この世界には、まだ信じられないほど面白い人たちがいるのよ。」
紅い空の下、二人は歩みを止め、短く視線を交わした。
灰の風が再び吹き抜け、
その言葉の余韻を静かにさらっていった。




