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第18話

第18話


副官たちは一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。

だが、上官は冷ややかな声で制した。

「構わん。下がれ。」


その一言に、部屋の兵士たちは頭を垂れ、静かに退室していった。

重い鉄の扉が音を立てて閉まり、

部屋には――ただ二人だけが残された。


彼女はまるで諦めきった者のように俯き、

従順な表情で鎖が解かれていくのを黙って見つめていた。

しかし、扉が完全に閉じられたその瞬間――

唇の端に、冷たく鋭い笑みが浮かんだ。


次の瞬間、彼女の脚が閃いた。

凄まじい勢いで放たれた蹴りが男の胸を捉え、

上官の身体はそのまま壁に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


鈍い音が響き、空気が震えた。


彼女はすぐに衣の中へ手を差し入れた。

指先に触れたのは小さな金属装置――

銀色のボタンがひとつだけついた、自爆装置だった。

装置の表面がかすかに光を反射する。


「このボタンを押せば……」


低く、しかし確かな声だった。


男の顔に驚愕が走り、すぐさま怒りへと変わった。

「貴様っ!」


上官は飛びかかり、彼女の手を叩き落とした。

装置は床に転がり、金属音を立てて跳ねた。

二人はそれを挟み、激しくもみ合った。


床には血と汗の匂いが満ち、

緊迫した息遣いが交錯する。


しかし、彼女の身体が次第に震え始めた。

薬物の副作用のような痛みが全身を襲い、

視界がにじむ。

「くっ……!」


力が抜けた瞬間、男は怒りのままに彼女を押さえ込み、

その喉を荒々しく掴み上げた。


「私を欺くとは……!」


彼女の息が詰まり、声が出ない。


「部下! 入れ!」

男が怒声を張り上げた。


だが、廊下は不気味なほど静まり返っていた。

「……おい、返事をしろ! この女を押さえろ! 愚かな真似を……!」


再び叫ぶが、応える声はない。

その沈黙を裂くように――


ぎぃ……と、扉がゆっくりと軋みながら開いた。


黒いマントを羽織った人物が、足音も立てずに部屋へ入ってきた。

歩みは重く、ゆったりとしていた。


男が歯を食いしばり、命じた。

「おい、そこのお前! この女を拘束しろ! 自爆の起動を止めろ! 命令だ!」


「……はい。」


マントの人物は低く答え、静かに女の方へ歩み寄った。

彼女は警戒の色を隠さなかった。

――この男……誰?


その時、マントの男が穏やかに言葉を放った。


「美しいご婦人が、そんな物騒なことを口にしてはいけませんよ……お嬢さん。」


その声音に、彼女の瞳がかすかに揺れた。

見知らぬ余裕と、どこか魅惑的な響き。

――いったい、この人は……?


その刹那。


ドンッ!


爆ぜるような音と共に、男の片脚が宙を舞った。

血飛沫が散り、悲鳴が響いた。

「う、うわあっ! 貴様、何を――!」


マントの男は静かに膝を折り、床に落ちていた剣を拾い上げた。

その刃は鈍い光を放ちながら、まだ一滴の血も吸っていなかった。


「拾ったんですよ。なかなか良い剣ですね。あなたのものですか?

 別の部屋に落ちていたので、もらっておきました。」


彼女は息を整え、わずかに頷いた。

「……私たちの物よ。」


男は軽く微笑み、剣をくるりと回した。

「やはり。――それにしても、自爆とは恐ろしい。

美しい女性は、時に何よりも恐ろしい存在だ。」


そしてさらりと尋ねた。

「その装置はどこに?」


彼女は指先で床の一点を指した。

「そこよ。」


男は屈み、床に落ちていた装置を拾い上げた。

掌でそれを転がしながら言った。


「すぐに別の階から敵が上がってくる。ここは危険だ。

逃げましょう。」


彼女はその瞳を見つめ、静かに頷いた。

「……ええ、行きましょう。」


男はわずかに笑みを浮かべ、扉の方を向いた。

「さあ、お嬢さん。行きましょうか。」


二人は、燃え上がる光を背に、無言のまま部屋を後にした。

背後では、倒れた上官の呻き声がかすかに響いたが、

閉じられた扉の音がそれをすぐに飲み込んだ。


そして――

赤く燃える炎の光が、静かに扉の隙間を呑み込んでいった。

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