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第17話

第17話


廊下は血と灰の匂いに湿っていた。

少年は壁の影をたどり、音もなく、ゆっくりと滑るように進んだ。

わずかな摩擦音さえ許されない静寂だった。


角を曲がった瞬間、足音が近づいた。


〔哨戒長〕「……何か音がしなかったか?」

〔兵士〕「よくわかりません。」

〔哨戒長〕「確認してこい。警戒を緩めるな。」


毒づく声が煙る空気を裂いた。

〔哨戒長〕「ちっ、北側を取り逃すとは……新しい伯爵とやら、いったい何をしている。計画は狂っていなかったはずだろう……。」


少年は半拍遅れて息を吸い、

彼らの視線が別の方向に逸れるのを待ち、

柱と柱の間の浅い闇に身を押し込んだ。

乾いた血を踏んでも、音は灰の下に吸い込まれた。


廊下の突き当たり、二重の扉の隙間から赤い光が漏れていた。

その向こうで、滑らかで低い声が響いた。


〔高位の男(正体不明)〕「……こぼれた水をどうしようというのだ。」

短い溜め息。

〔高位の男〕「代わりに、捕らえた伯爵の妻と息子を存分に“楽しませて”もらうとしよう。」


室内からは鉄の匂いに混じる笑い声が起こった。

油と血と香が入り混じった空気。

〔高位の男〕「妻を見ろ、なかなかの美貌ではないか。初めて見る民のために、自らの大切なものを差し出すとは……伯爵、なかなか大胆な男だ。」


扉がきしみを上げて開いた。

少年は身を低くして隙間から覗いた。


部屋の中央、椅子が一つ。

そこに女が座っていた。

両手首、足首、胸を横切るように、青白い紋章を刻んだ鎖が六方から交差し、

まるで身体ごと椅子に縫いつけられたようだった。

肌に触れる部分は血で黒ずみ、乾いた血痕が線を描いていた。

女は広い瞳で入口を射抜くように見上げた。

血に染まったドレスの裾が床を引きずった。


〔夫人〕「……私を殺しなさい。」


男の口元が歪んだ。

〔夫人〕「夫を侮辱するな……これは私たちが望んだことだ。」

〔夫人〕「貴族とは、民があってこそ存在するもの。」


高位の男の眉間に深い皺が刻まれた。

こめかみを押さえ、乾いた笑いを漏らす。

〔夫人〕「ちっ……貴様ら、なんて卑劣な真似を……身体がおかしい……何をした……。体さえ戻れば、お前たちなど皆殺しにできるものを……。」


その言葉に男は鼻で笑い、ゆっくりと唇を裂いた。

〔高位の男〕「ああ……なんと見事な女だ。」

部屋の中の兵たちがわずかにうなずいた。

〔高位の男〕「この中央王国にも、まだこんな貴族がいたとはな。」


鎖がわずかに鳴り、女は顔を上げて高らかに笑った。

〔夫人〕「ふん。中央王国には、あなたより下劣な者が山ほどいるでしょうに。」


男は杖の先で床の血をなぞった。

〔高位の男〕「ほう? なら我々のところへ来ないか? 特別に、私が面倒を見てやろう……。」


女は疲れを滲ませた呼吸を整え、唇を緩やかに弧へと描いた。

〔夫人〕「いいわ。」

男の瞳が光った。

〔夫人〕「……あなたが死んだらね。道連れにしてあげる。」


短い沈黙。

男は舌先で唇を湿らせ、声を柔らかくした。

〔高位の男〕「はは……やはり、美しい。」


しばしの駆け引きののち、女はその視線を受け流すように微笑み、

逆に彼を惑わせ始めた。

男は笑みを深め、ゆっくりと距離を詰めていく。


やがて彼が手を上げると、兵たちの目が一斉に向いた。

〔高位の男〕「拘束を解け。全員、出て行け――扉を閉めろ。」


兵たちは逡巡したが、命令に逆らうことはできなかった。

〔兵士たち〕「……はっ。」


金属が打ち合う澄んだ音。

鎖の紋がひときわ強く光り、次々と封印が外れていく。

手首から滲んだ血が床へと滴り、女の指がわずかに震えた。


一人、また一人と兵が退室する。

床には血と足跡が混じり合い、不規則な模様を描いた。

最後に哨戒長が振り返り、扉を押し閉じた。


――バタン。

外の喧騒が刃で断たれたように途絶え、

残ったのは二人の呼吸音だけだった。


女は静かに笑みを浮かべ、

男は衣を脱ぎながら近づいていく。


鎖の解かれた腕には、まだ赤黒い血が滲んでいた。

女の瞳は冷たく、男の微笑はいやらしく深まっていく。


やがて重い扉の向こうでは、激しい音が響いたが――

外の廊下は、嘘のように静まり返っていた。

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