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第13話

第13話 


アラヤは、子どもを背負ったまま走り続けていた。

息が短くなり、足が震える。

疲労は限界を超えていたが、それでも立ち止まることはできなかった。

背後では、あの得体の知れない冷気が、なおも彼女を追ってきている。


その時――

風が変わった。

空気の流れが歪み、背筋をなぞるような寒気が走った。

アラヤは本能的に立ち止まった。


――隠れなきゃ。


周囲を見回す。

崩れた建物の残骸、壊れた木樽が無造作に積まれている。

彼女は子どもをしっかり抱きしめ、その影の中へと身を滑り込ませた。

胸の鼓動が激しく脈打つ。

口を押さえた手が小刻みに震えた。


すぐそばで、微かな光が瞬いた。

アラヤはそっと顔を向けた。

そこには――得体の知れない死体があった。


人間のようで、人間ではない。

皮膚の下から淡い光がにじみ出て、やがて全身に燃え広がった。

それは音もなく身を焦がし、やがて灰になって消えた。

残されたのは、空中に舞う塵だけだった。


アラヤは思わず手を伸ばした。

ほんの少しでいい、その奇妙な遺体に触れてみたかった。

指先が届く直前――

ボウッ と炎が弾け、死体は完全に消滅した。


「……なに、これ。」

アラヤは息を呑んだ。

肌に触れていた熱が、まるで奪われたように消える。

強烈な異質感が、全身を締めつけた。


だがその瞬間、背後から冷気が覆いかぶさった。


ゾクリ、と背骨が凍りつく。

アラヤは驚いて振り返ろうとし、バランスを崩して倒れ込んだ。

背中が冷たい石畳にぶつかり、乾いた音が響く。


その時、闇の中から低く、嘲るような声が聞こえた。

「なんだ……まだ生きてるガキがいたのか。」


足音が近づいてくる。

「けっこう可愛いガキじゃねぇか……ハハ。」


アラヤは息を詰め、後ずさった。

冷や汗がうなじを伝う。

心臓が、耳のすぐそばで脈打つように響いた。


「妙なヤツが現れて、俺たちの計画を邪魔してくれるとはな。

 あの男はどこへ行きやがった?」

男は鼻で笑った。

「さっさと片づけて、俺も移動しねぇとな。

 その前に――少し遊ばねぇか?」


アラヤの呼吸が止まった。

体が動かない。

逃げたいのに、足が言うことを聞かない。

全身が震えた。


男の影がじりじりと迫る。

足音は不思議と重くなかった。

床を滑るような、空気を裂く音。


アラヤは歯を食いしばった。

冷静さを失えば、死ぬ。


その時、視界の端に燃え上がる鉄の塊が見えた。

崩れた建物の残骸――巨大な鉄の梃子。

炎に包まれ、今にも倒れそうに傾いていた。


彼女は静かに、手を横へ伸ばした。

呼吸を整え、タイミングを測る。


「行く前に、少し――」

男の言葉が終わる前に、

アラヤは全身の力を込めて梃子を押した。


ドゴォン――!


炎をまとった鉄と瓦礫が爆ぜ、男の頭上に崩れ落ちた。

閃光が走り、視界が真紅に染まる。


アラヤはその隙を突き、身体を低くして滑り出た。

炎の下をくぐり抜け、息を荒げながら駆け抜ける。

服が焼ける匂いが鼻を刺したが、振り返ることはしなかった。


背後で、金属が砕ける音、岩が裂ける音、

そして――笑い声。


「面白ぇガキじゃねぇか……フフ。」


炎の中から、男が何事もなかったかのように現れた。

炎に包まれたその姿は、肉体ではなく影が燃えているかのようだった。


アラヤは息を切らしながら、別の路地へと駆け込んだ。

「どこへ行けば……あっち? それとも……」


「おい、ガキィ……遊ぼうぜぇ。」


背後から、歌うような声が響いた。

アラヤの呼吸が荒くなった。

炎の熱気が背を舐め、視界が歪む。


――行き止まり。


目の前に、崩れた壁。

逃げ場はなかった。


「……ここまで、か。」

アラヤは呟いた。


背後から、足音がゆっくりと迫ってくる。

確実に、そして静かに。


彼女は子どもをそっと下ろした。

影の濃い片隅、瓦礫の間に寝かせる。

子どもは深い眠りの中にいた。


アラヤは周囲を見回し、

折れた木の棒を拾い上げた。

手の中で、細い木が軋んだ音を立てる。


足音が止まる。

炎が揺れた。

男の影が、彼女を覆うように伸びた。


――

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