第12話
第12話 ― 灰燼の街路
炎が残した灰の匂いが、いまだ鼻先を離れなかった。
赤く濁った空の下、瓦礫と塵がゆらゆらと舞う。
その中を、二人は息を潜めるように、それでいて焦るように駆け抜けていた。
「あと少し……あの広場の中央まで行けば……」
アラヤの声は途切れがちだった。
一言ごとに、吐息の中へ灰が混じり、喉をざらつかせた。
その時だった。
足元がかすかに震えた。大地が脈を打つように、低く唸る。
散らばった金属片が互いに擦れ合い、耳の奥で不協の音が鳴った。
少年は立ち止まり、手を地面に触れた。
「……振動が、強くなってる。」
「崩れかけた建物のせい?」
「いや、これは……何か“動いてる”。」
二人は同時に振り返った。
そこには、光も届かぬ闇があった。
だが、その闇の底から冷たい気配が押し寄せてくる。
さっきよりもずっと速く、ずっと深く――
アラヤの喉が、ごくりと鳴った。
「……急ごう。」
少年が短く応じる。
「角を曲がれば……長い通りだ。」
二人は駆けた。
散った瓦礫を踏みしめるたび、火花がぱちぱちと散った。
崩れた塀を越え、狭い路地の角に身を滑り込ませる。
「少しだけ待って、ここから中央が見える。」
少年が手で制した。
アラヤは慎重に顔を出した。
乾いた唇が、微かに震えた。
視線の先――
彼女は息を呑んだ。
通りが、死で埋め尽くされていた。
長い道の上に、数え切れぬほどの死体が折り重なっている。
人間のようで、人間ではない。
肉体のあちこちが歪み、皮膚の下から光が漏れていた。
やがてその光が炎へと変わり、身体を包み込み、
そして、静かに消えた。
――ジィッ。
肉が焼ける音が、風に混じる。
死体たちは火に呑まれ、灰となり、灰は風へと溶けた。
アラヤは言葉を失った。
「……これ、人間……なの?」
少年は答えなかった。
ただ、暗闇の中で瞳だけが光っていた。
やがて、アラヤの視線が別の影を捉えた。
アスティラ軍の兵士たち。焼け焦げた鎧に、彼らの紋章が残っている。
激戦の痕跡が、そこにあった。
「どうやって……こんな敵を倒したの……?」
彼女の声は、ほとんど囁きに近かった。
この街で戦った者たちは、いったいどんな力を使ったのか。
「避難は……うまくいったのかな。被害を見れば、ここは“勝利”って言えるのかも……。」
少年は沈黙したまま、燃え尽きていく死体を見つめていた。
「……誰も、いない。」
彼がそう呟いた瞬間、風が通り抜けた。
――ドォン!
炎に包まれた建物が悲鳴を上げ、崩れ落ちた。
爆ぜる炎が弾け、石片が空を裂いて舞った。
「危ない!」
少年の叫びと同時に、二人は反対方向へ身を投げた。
炎が路地を呑み込む。
灰と煙が視界を白く閉ざした。
少年が手を伸ばしたが、掴めたのは熱い空気だけだった。
「アラヤ!」
「大丈夫!」――彼女の声が遠くから返ってくる。
互いの位置を確かめると、アラヤが手を振った。
「向こうで!」
灰色の煙の中、指先が揺れた。
少年は一度だけ頷いた。
再び爆発音。
二人はためらわず、別々の路地へ走った。
アラヤは子どもを背負い、息を 다듬을 틈도 없이 달렸다.
아이의 손이, 무意識に 그녀의 옷깃을 꽉 붙잡았다。
地面の熱が靴底を通して伝わり、空気は焦げた鉄の味をしていた。
「もう少しだけ……耐えてね。」
彼女の声は掠れていた。
足は震えていたが、止まることはできなかった。
その時――
風の流れが変わった。
さっきとは違う、刃のように鋭い冷気が背をなでた。
アラヤは立ち止まった。
“何か”が近づいている。
直感が叫んだ。――隠れろ。
彼女は周囲を見回した。
そして、壊れた樽の山を見つけた。
すぐさま子どもを抱え、身を低くしてその影に滑り込んだ。
喉の奥で息が暴れた。
指先が震える。
外では炎の音だけが響いていた。
しかし、その下に、微かな――スッという擦過音。
誰か、いや、“何か”が近づいていた。
アラヤは息を止めた。
胸の鼓動が、炎よりも大きく鳴り響いた。




