第7話 ― (下)
第7話 ― 兜の下の微笑(下)
5. 兜の中の対話
演説を終えたカイルは、肩をすくめるとどこか肩の荷を下ろしたような顔で壇を降りた。
彼の足は迷いなく広場の片隅――兜を深くかぶった兵士のもとへ向かっていた。
伯爵はその兵士の横に立ち、聞き取れるかどうかの低い声でつぶやいた。
「さて……お嬢さん、これくらいなら悪くなかったでしょう?」
兵士は兜の奥でわずかにうなずいた。
「ほんとうに……手のかかる方ですね。」
カイルは小さく笑みを浮かべ、さらに声を落とした。
「あのね――お嬢さんの顔、もう少し穏やかにしてくれませんか。
まさか今回も無茶な頼みごとをする気じゃないでしょうね?
見つからなかったのは幸いだけど、ロエバルト公爵の耳にでも入ったら、また小言の嵐だ。」
兜の中の兵士はひと呼吸おいてから、やわらかな声で答えた。
「あなたの苦労は分かっています。そのことだけでも感謝しています。」
二人の言葉は夜風にさらわれるように静かに消えていったが、
その一瞬だけは、確かに密やかな信頼が交わされた気配があった。
遠くからその様子を目にしたアラヤは、視線を外すことができなかった。
だがその意味を推し量るには、まだ手がかりが足りなかった。
6. すれ違った視線
公式行事が終わると兵士たちは隊列を解き、それぞれの持ち場へと散っていった。
あの兜の兵士もまた広場を後にしようとし、アラヤのそばを通り過ぎた。
アラヤは思わずその人物を見つめ、兵士は足を止めて一瞬だけ彼女に視線を向けた。
けれど何も言わず、再び歩き出した。
その短い時間――二人のあいだには言葉にできない不思議な気配が通り抜けていった。
7. 夜祭り、仮面の下の微笑
陽が完全に沈むと、アスティラの街は祭りの灯りに包まれた。
本国から運び込まれた品々で賑わう広場は、人々の歓声と音楽に満ちていた。
アラヤは人混みを抜けて宿へ戻ろうとしたが、建物の裏手の薄暗い路地でふと視線を感じた。
そこにいたのは――昼間見かけたあの兜の兵士だった。
彼はゆっくりと兜を外した。
濃い月光の下に現れた顔は影が深くてはっきりとは見えなかったが、
意外なほど若く、穏やかで、どこか寂しげな微笑を浮かべているのが分かった。
その微笑は一瞬だけ灯りを宿したかと思うと、すぐに影の奥へと溶けていった。
アラヤは息をのんだ。
言い表せない感情が胸の奥で静かに波を立てた。
兵士は再び兜をかぶり直すと、何事もなかったかのように広場のほうへ歩み去った。
祭りの花火が夜空を裂いて咲き誇っていたが、
アラヤの視線はなおもその影が消えた路地に留まり続けた。
彼女は理由の分からぬ予感とともに、胸の奥がひやりと冷えていくのを感じていた。




