第7話 ― (上)
第7話 ― 兜の下の微笑(上)
1. 朱に染まる空と若き伯爵
夕陽が西の砂丘の向こうへと傾き、アスティラの広場を紅く染めていた。
祭りの装飾で彩られた旗が赤と金の光を反射しながらはためいていたが、
その下に立つ兵士や市民たちの表情には、どこか張りつめた影が差していた。
人々の視線は広場の中央に設けられた壇上――
深い藍色のマントを羽織った若き伯爵へと注がれていた。
彼は背筋をまっすぐに伸ばして立っていたが、その肩にはわずかな疲労の色がにじんでいた。
夕陽に引き延ばされた影が壇の背後で風に揺れていた。
「まったく……困ったものだな。」
カイル・アルバント伯爵は低くつぶやいた。
疲れをにじませた声だったが、その言葉は近くで控えていた数名の兵士の耳にははっきりと届いた。
2. アルバント家の影
行列の脇に立つ兵士が隣に小声でささやいた。
「あれがアルバント伯爵だ。以前とはずいぶん様子が違うお方さ。」
気になったアラヤは耳を澄まし、その静かな説明を拾った。
兵士たちによれば、アルバント家は代々北部の辺境を守ってきた重き名門であり、
先代当主エルネスト・アルバントは苛烈な課税と苛酷な処罰で悪名を轟かせた人物だったという。
だが彼は病と老衰で数か月前に世を去り、その跡を継いで今日この壇上に立つことになったのが――
若くして家名を背負うことになったカイル・アルバント、新たな伯爵であった。
アラヤはその話を聞きながら、ふと視線を壇上の青年へと向けた。
彼の立ち姿は威圧というよりもむしろ疲れを帯び、
その瞳はまるで濃い霧の向こうを見つめるように遠くをぼんやりと眺めていた。
3. 見覚えのある紋章
風が吹き抜け、カイルのマントの裾が翻り、腰に飾られた金糸の紋章がちらりと露わになった。
その紋を目にした瞬間、アラヤの胸がどきりと波打った。
――あの紋章……あの時の高位兵士がつけていたものと同じだ。
数日前、広場で出会った兵士が
「監視ではなく公平な告知のために派遣された」と言っていた、その時に見た紋章だった。
わずかな不信の棘が胸をかすめたが、彼女はすぐに視線をそらした。
4. 率直な就任の挨拶
カイルは市民の前へとゆっくり歩み出ると、短く腰を折って一礼した。
その声は落ち着いていたが、よく通る低音が広場全体に響きわたった。
「新しく着任したアルバント伯爵、カイル・アルバントだ。
私の名を耳にして、不快に思う者も少なくないだろう。
父の名が落とした影がいまだ深く残っていることは承知している。」
彼は言葉を切り、そっと横を振り返った。
その視線の先には、兜を深くかぶった一人の兵士が立っていた。
カイルの顔に、疲れを帯びた微かなため息が影を落とした。
「だが、私は父とは違う。
上の連中に叱られるのはごめんだが――
やるべきことはきっちりやる。ただ、面倒ごとは大嫌いでね。」
思いがけない率直な物言いに、広場はざわめいた。
一部の市民はわずかに緊張を解いたものの、まだ全面的に信頼したわけではなかった。
カイルは防備の強化や市民保護のための兵力増員、
そしてギルドと連携した傭兵の募集計画などを簡潔に告げた。
その姿勢は権威を振りかざすというよりも、実利を優先するものに映った。
アラヤはその演説を耳にしながら、彼がただの貴族ではない――
どこか掴みどころのない人物だという奇妙な印象を抱いた。




