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第6話 ―(下)

第6話 ― (下)


5. 広場の行列 ― 影を落とす儀式


宿へ戻ろうとしていたアラヤは、不意に足を止めた。

なぜか分からないが――今、広場へ行かなければならない、そんな衝動に突き動かされたのだ。


石畳を抜けて広場に足を踏み入れた瞬間、彼女は息をのんだ。


夕映えに染まる広場の中央に、軍勢が整然と列を組んでいた。

古びた旗は西風に引き裂かれるようにうなりを上げ、低く垂れた夕陽が兵たちの影を長く伸ばし、広場全体を暗い波紋のように覆っていた。


両脇の通りは市民で埋め尽くされていたが、誰ひとり声を発しない。

子どもたちは親の脚の陰に隠れ、商人たちは戸口を半ば閉じたまま、不安げに外の様子をうかがっていた。


そのときだった――

重厚な黒い馬車がゆっくりと広場へと滑り込んできた。

車輪が砂利を噛む音が、まるで鋭い刃で静寂を裂くように響き渡る。


馬車の前列にいた兵士たちが、一斉に槍を掲げて片膝をついた。

その動きに呼応するかのように、広場の空気は凍りつき、まるで全員が同じ瞬間に息を止めたかのようだった。


車輪が止まり、扉が軋む音を立ててゆっくりと開く。

そこから現れたのは、漆黒のコートを端正に羽織った中年の男だった。

彼は一歩、二歩と石畳を踏みしめるたびに視線をめぐらせ、深く息を吐き出した。

その吐息には、長い旅路の疲労と、これから始まる儀式への重苦しい影がにじんでいた。


その背後から、小柄な少年が慎重に姿を現した。

腰にはまだ身体に余るほどの長剣が下がり、その瞳は幼さを残しながらも、不思議と揺るぎのない静けさを宿していた。


一瞬の沈黙を破ったのは、広場の隅から響いた鋭い叫びだった。


「――アルバント伯爵閣下だ!」


ざわめきが一気に波のように広がり、すぐさま再び押し黙る。

兵士たちの槍先が夕陽を受けて鋭く光り、赤い光が刃に滴る血のように煌めいた。


アラヤは息を呑み、その光景をただ見守った。

胸の奥で形のない不安と緊張が、静かにせり上がってくる。


――この街は、もう二度と、昔のままではいられないかもしれない。


アルバント伯爵はゆるやかに歩を進めながら広場を一望した。

顔には長旅の疲れが色濃く刻まれていたが、その眼差しは刃のように鋭く冷ややかだった。


その夕刻、紅に染まった空の下で広場は深い沈黙に包まれた。

そしてその沈黙は、まるで新たな運命の幕開けを告げるかのように、冷たい風とともに長く尾を引いた。

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