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第5話 ― (下)

第5話 ― 星明りの誓い(下)

夕べの灯り


日が傾くと、アスティラの路地のあちこちに小さな灯りが一つ、また一つとともりはじめた。

〈金の獅子〉のホールは昼の喧騒を背に、夜の熱気で再び温度を上げていく。

グラスが打ち鳴らされるたび、きらめく灯りはまるで星が弾けるようだった。


アラヤは休む間もなく走り回った。

それでも疲れより、不思議な高揚感のほうが勝っていた。

見知らぬ街に初めて足を踏み入れたときの不安も、つかみどころのない未来の重さも、このときばかりは遠くへ追いやられた気がした。


ホールの奥の席では恋人たちが笑みを交わし、厨房ではかまどの炎が青く揺らめいていた。

リセイラは手際よくグラスを磨きながら客と冗談をやり取りしている。

その姿は夜の空気よりもいっそう明るく輝いて見えた。


「初日なのに、なかなかやるじゃない」

リセイラが耳もとでささやく。

「なぜか……大変なのに楽しいの」

アラヤが笑うと、リセイラはいたずらっぽくウィンクした。


川辺の灯火


営業を終えたあと、二人は旅の疲れを癒やそうと川辺へ向かった。

祭りの前夜とあって、川面にはすでに無数の灯籠が流れていた。

星明りと灯火が重なり合い、まるで銀河が水にほどけたようにきらめく。


「この街……最初は少し怖かったけど、こうして見るときれいね」

アラヤが柔らかくつぶやく。

リセイラは川面に映る灯りを指先で弾くように見つめながら答えた。

「美しいものは、いつも影を連れて歩くのよ。……でも今夜は楽しもう」


二人の少女は言葉少なに川を流れる灯籠を見つめた。

そのひとときだけは、戦火の記憶も、逃亡者の不安も、遠い彼方へ消えたようだった。


宿の窓辺


夜も更け、宿へ戻る。

窓の向こうから細い月光が流れ込んでいた。

少年はベッドに腰を下ろしたまま、静かに外を眺めていた。

窓辺の光が彼の銀髪にかかり、淡い後光のような輪郭を描いていた。


アラヤはそっと近づき声をかけた。

「今日はどうだった? 少し顔色がよくなったみたい」

少年はゆっくりと顔を上げた。

「もう大丈夫。おかげで……よく休めたよ」


その声は相変わらず静かだったが、昼間よりもどこか温かかった。

アラヤが微笑もうとしたその刹那、少年はふいに窓の外を見やり、低く尋ねた。


「アラヤさんは……復讐をしたいのか?

それとも……もっと先へ進みたいのか?」


星明りの誓い


その一言が、部屋の空気を変えた。

少年の瞳は月光を湛えた湖のように深く静かで、その問いは単なる好奇心ではなく、彼女の心の奥の暗い部分をそっと撫でるようだった。


アラヤは息が止まるような驚きを覚えた。

これまで誰もそんなことを聞いてくれたことはなかった。

復讐は胸の奥を焦がす火種だったが、その先に“歩み出す”という道を示してくれる人は、今までいなかった。


月明りに包まれた少年の横顔は、これまで以上に神秘的で魅惑的に見えた。

彼は笑みも浮かべず、目も伏せず、ただ静かに待っていた。

その瞳には、どこか不思議なぬくもりとやわらかな力が宿っていた。


アラヤはそっと唇をかみしめ、静かに答えた。

「……進みたい。知らない場所でも、もっと遠くへ歩いてみたい」


そう言うと、少年の表情がやわらいだ。

そして昨日は見せなかった温もりがふっと灯った。

「ありがとう、アラヤ……やっぱり君は、ほかの人とは少し違うね」


その笑顔は月光よりもあたたかく、アラヤの胸の奥がほのかに熱く震えた。

この見知らぬ街で、初めて心に小さな灯がともった気がした。


新たな決意


夜はゆるやかに更けていった。

アラヤは窓の外の星々を見上げながら、そっとつぶやいた。

「本国へ行ってみたい。その前に……少しはお金を貯めないとね。あと数日だけここで働こう」


少年は黙ってうなずいた。

窓辺に凭れたままの瞳が星明りを映し、どこかもっと遠いものをすでに見ているかのようだった。


川の向こうから祭りの太鼓の音が、波のように遠く響いてくる。

二人は言葉を交わさず、その音を子守唄のように聞きながら眠りについた。

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