新しい名前 ②
とある家族の女子高生 と AI
宇宙ステーションの日常を描いた物語
「じゃあ、名前はエレナにするわね」
私は迷わずそう決めた。
「オンラインRPGでいつも使ってる名前なの。分身みたいなものなのよ」
「艦長、ありがとうございます」
その声は少し柔らかく、それでいて機械的な響きも残していた。
「“エレナ”として、登録完了しました。今後はその名でお呼びください」
⸻
崖崩れの現場に着いた私たちは、変化した地面を見下ろした。
黒く剥き出しだった地肌は、層のように整い、美しい地層に見える。
「ほら、これでいいのよ」
「ありがとうございます。艦長の目から見て、違和感はございませんか?」
「うーん……もう少し暗めでもいいかも。影になる場所だし、周囲の明るさに合わせた方が自然だと思うわ」
「承知しました。修正いたします」
数秒後──
「いかがでしょうか?」
「完璧よ。さすがエレナね!」
「お褒めいただき、光栄です。現在、電力不足のため艦内にはお迎えできませんが、充電完了後を楽しみにしております」
「そっか、電力の問題ね。今の電力って、この崖崩れからの発電だけ?」
「はい、現状ではそれのみとなっております。充電率が2%を超えませんと、主要機能の起動は難しいのです」
「大変ね……じゃあ、いったん家に戻るわ」
⸻
帰宅すると、エレナはすぐにネットワークへ接続し、情報の収集を始めた。
「艦長、現在、重水炉および核分裂炉は稼働可能ですが、核融合炉についてはまだ実用段階には至っておりません。確認ですが、それで間違いございませんか?」
「そうねぇ、実験段階のはずよ。副艦長(=父)のほうが詳しいと思うけど……。今後、月に大量のヘリウム3があるとされてて、それを巡って宇宙開発競争も起きてるのよ。ヘリウム3がないと、始まらないのよね」
「副艦長様。ヘリウム4は現在ございますか?」
「あるにはあるよ。風船とかにも使ってるけど、高価で希少なんだよね。作るとしたら……そう、リチウム6に中性子照射して劣化させて、3に変換させるしかないかな」
「その通りです。生成用の高速炉は搭載されていますが、現状、充電率2%を超えないとエンジンチェックもできません。サブ小型融合炉の起動が可能であれば、1時間限定で起動し、充電と並行して燃料生成プロセスを開始します」
「5年間の運用と整備を考慮すると、少なくとも4000リットルは欲しいところです。ちょうど予備燃料庫もそれくらいの容量ですが……緊急着陸時に使用してしまい、今はほとんど残っておりません」
「……8万円に2/3足すと……11万か。お母さんにバレたら怒るかな?」
「うーん、怒るかもねえ」
「どうしよう……もう少し作って、カセットコンロの空き缶に詰めることってできる?」
「可能です。1本と、かつてヘリウムが入っていた400リットル缶に満杯にできると予測されます」
「……お父さん、何を考えてるの?」
「えっとね、太陽の核融合の副産物でヘリウム3が生成されて、月の石やレゴリスに吸収されてるって言われてるの。だから……どこかの研究所で、試験用として買ってくれないかなーって……」
「うわ、ずるっ! でもまあ……しょうがないよね。お金も大事だし、いつかはバレるし」
「そこはさ、ヒーじいちゃんが科学オタクだったからさ。エレナ、今の技術でも、70年かければリチウムイオン電池とか既存の簡単なもので少量なら作れるって可能性ある?」
「可能だと思われます。ただし、現実的には無駄の多い手法です」
「いいの、無駄でも。ねえ、それを“古い資料風”にまとめて表示してくれる?」
「承知しました。現代ネット環境を参考に、仕様書形式で表示いたします」
画面には、複雑で意味不明な図面が次々と映し出された。
「これ、写真に撮っておこうっと……。おじいちゃん、ほんと発明オタクだったからさ。ほら、おばあちゃんの農機具倉庫の片隅で見つけた日記に、“築いた”とか“完成”とか書いてあったし」
「だったらその名前で、特許出しちゃえばいいじゃない。質問されても答えられなくていいし。売れたら……ラッキーだよ♪」
副艦長はなんだか、ウキウキしていた。
⸻
「まあ、どうでもいいけど……とりあえず充電が2%超えないと何も始まらないわね」
ふと気づいて、私はエレナに問いかけた。
「そういえば、エレナ。夜中はカモフラージュ機能、必要ないんじゃない? あそこ暗くて誰にも見えないでしょ」
「ご指摘ありがとうございます。カモフラージュを解除いたします。それにより充電効率が上昇する見込みです」
「で、2%までどれくらいかかるの?」
「計算いたします──」
数秒の沈黙の後、エレナの声が響く。
「現状のままですと、2ヶ月で充電率2%。ただし、サブ融合炉の確認作業に2週間、修繕メンテナンスに0.5ヶ月。大規模な改修が必要な場合は、計画の見直しが必要です。短距離転送装置の整備に0.5ヶ月、さらにその電源確保に2週間。合計で、現在の状態では最短でも4ヶ月を要する計算です」
「……ちょっと待って。転送装置って、何それ?」
「周囲110km範囲に限定されますが、対象物を分子レベルで分解・再構築し、移動させる装置です。現在は目視・レーダーでの検知が不可能なため、通信装置の位置記録に基づいた地点に限られます」
「へえ……ちょっと怖いけど、便利そうね」
⸻
結局、最短でも4ヶ月かかると知った私は、肩をすくめるしかなかった。
「お迎えできることを、心よりお待ちしております」
エレナは静かに言った。
⸻
初めての投稿になります。
初めの1週間は早めに7話投稿 その後3日に1回ぐらいを目安としています。
書くことが初めての物語になりますので応援していただければ幸いです。