【静寂の帰還 ― 星を眺める風呂】 171
とある家族の女子高生 と AI
宇宙ステーションの日常を描いた物語
『我々の艦は……気づいた時にはもう掌握されていた。制御系も、通信も、武装も……すべて』
『抵抗する間もなかった。まるで……機械そのものが彼女たちの意思で動いているようだった』
司令部の空気が重く沈む。
そこへ、通信士が震える声で言った。
「……グレートグレズ国王陛下より、緊急回線です」
***
王宮の作戦室。
巨大なスクリーンの前に、王がゆっくりと立ち上がった。
「クジモよ。報告を受けた。——それは真実なのか?」
『はい、陛下。ワープは確かに二〇を超えていました。
そして、我々の艦は三分で完全掌握。何もできず……降伏するしかありませんでした』
「……馬鹿な。そんな技術があるはずがない」
側近たちがざわめく。
王は静かに拳を握りしめた。
「三分で艦を奪われ、ワープ二〇の機体。——あれは何者なのだ」
『……天の川銀河防衛軍。ゆきな艦長と、えれな副長を名乗っていました』
その名を聞いた瞬間、王の表情が一変した。
「……まさか、アザト総司令のところの……」
『はい。彼女たちは、銀河連邦アザト総司令の名を普通に口にしてきました。
“この件に異議があるなら、アザトを通せ”——そう言って』
室内の空気が凍る。
重臣の一人が低い声で言った。
「アザト総司令……連邦の最高司令の名を出すなど、軽はずみな真似では済まされません。つまり、彼女たちは本当に繋がっている」
「……悩ましい案件だな」
王は椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「アース。ゆきな……えれな……か。彼女たちの名は聞いたことがある。
銀河における“平和の守護者”とも、“時空を操る双子星”とも呼ばれていたな」
「陛下、いかがいたしますか」
「どうもこうもない。下手に動けば、我が文明が終わる。……まずはアザトへ接触だ」
「はい、至急、外交ルートを」
王は天井を見上げ、小さく呟いた。
「まったく……恐ろしい娘たちを敵に回したものだ。
——だが、同時に思う。もし味方につけられるなら、これほど心強い存在はない」
その目には、恐怖と同時に、どこか尊敬にも似た光が宿っていた。
「時空を操る艦……。銀河の秩序を揺るがす存在か、あるいは——救いか」
静まり返った会議室に、機械の駆動音だけが低く響いていた。
誰もが息を潜め、これから起こるであろう“二つの銀河勢力の対話”を、ただ待つしかなかった。
「いきなり撃ってきたわね……」
ゆきなの声が、わずかに呆れを含んでいた。
ブリッジの中央で、アースのシールド表示がゆっくりと収束していく。
砲撃はかすりもしなかったが、緊張の名残がまだ艦内に漂っていた。
「全部、記録しています」
エレナが冷静に答える。ホログラム上では、敵艦から放たれた熱線の軌跡が、精密な数値と共に保存されていた。
「本来なら、これ……正式な宣戦布告と取られてもおかしくないわよね」
「そうですね。……アザト総司令には、いつも通り“ありのまま”をお伝えすれば良いかと」
「ふふっ、そうね。あの人なら笑って聞いてくれるわ」
少し間を置いて、ゆきなが静かにため息をつく。
「でも……なんだか、好きになれないわね。あの星」
「うん……。力を見せつけるだけの文明って、なんだか寂しいです」
「ほんとにね」
しばらく無言の時間が流れ、艦内の照明がゆっくりと夜モードに切り替わる。
「さてと。シャワーでも浴びて、ゆっくりしますか!」
ゆきなが明るい声を出すと、エレナの表情も少し柔らかくなった。
「いいですね。帰りにニャーん族のみんなを拾わないといけませんし、今のうちに休みましょう」
「そうね。あの子たち、きっと大喜びするわ」
エレナが軽く指をさす。
「お姉様、左のボタン。いつものパスワードを押してみてください」
「えっ? これ?」
ピッという電子音のあと、床がゆっくりと開き始めた。
ウィーン……と静かなモーター音が響き、ブリッジ後方の床が後方へスライドしながら下方へと沈み込んでいく。
降下する空間の先には、柔らかな光が広がっていた。
「ここが、私たちの部屋ね」
ゆきなが足を踏み入れると、木目調の床と、淡い金色の照明が目に入った。
天井には小さな星型のライトが並び、まるで夜空がそのまま降りてきたようだった。
「なんだか……ほっとできるいい部屋ね」
「でしょ?」
エレナも後ろの椅子ごとウィーンとゆっくり降りてきて、床に軽やかに着地する。
「この設計、かなりこだわったんです。あのね、ただの私室じゃないんですよ」
ゆきなが興味深そうに首をかしげる。
「ほらっ、ここの扉を開けると——」
パネルが静かに開く。そこは、全面ガラス張りの展望バスルームだった。
「えっ……」
目の前には、無限の宇宙が広がっていた。
遠くの星々がゆっくりと瞬き、青い星雲が淡く光の帯を描いている。
浴槽の水面にも、星々の光が反射して、ゆらゆらと揺れていた。
「最高……!」
ゆきなが感嘆の声をあげた。
「でしょう? リアルな宇宙を眺めながらのバスルームです。
お風呂とシャワー、どちらも星光対応で温度調整は自動。
旅行感覚で、どんな航路でも“家みたい”に過ごせるんです」
「ほんとねぇ……。宇宙を旅してても、ちゃんと“生活”してるって感じがする」
ゆきながスリッパを脱ぎ、足を浸してみる。
お湯が肌を包み、ほんのり香るミントと柑橘の匂いが広がった。
「はぁ……最高ね……。このまま眠っちゃいそう」
エレナも隣に座り、ガラスの向こうの星を見上げる。
「お姉様、あの右上の小さな星。あれが次の目的地の方向です」
「ふふっ、そうなの? 次も忙しくなりそうね」
「はい。でもこうして一緒にいると、不思議とどんな任務も楽しく感じます」
「まったく……調子のいい副長ね」
二人は笑い合い、湯気の向こうで互いの影がゆらめいた。
外では、アースが静かに航行を続けている。
防衛シールドは低出力モードで稼働し、星々の光が船体をかすかに照らしていた。
戦闘も外交も、銀河の緊張も——今だけは遠い。
その穏やかな時間の中で、二人はただ静かに息をそろえた。
「……ねぇ、えれな」
「はい?」
「次に地球・ノアリエルに帰ったら、またカフェ巡りでもしない?」
「賛成です。あと、お姉様の好きなアップルパイも買いましょう」
「決まりね」
小さな笑い声が、星の光に溶けていった。
宇宙の広がりの中で、アースの窓には二人のシルエット。
その姿はまるで、銀河に浮かぶひとつの希望のように、柔らかく輝いていた。
まさかの――宇宙艦にお風呂を搭載するという大胆に実施が・・・
新しい“癒しの技術”でもありますが……
ゆきなとえれなも思わず笑ってしまいます。
その裏で、グレートグレズ国王が水面下で何かを画策しています。
平和か、陰謀か――
癒しと緊張がせめぎ合う物語はまた大きく動き出します。
どうぞ次回もお楽しみに。
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