グレート・グレズ本星への警告 169
とある家族の女子高生 と AI
宇宙ステーションの日常を描いた物語
「お姉様、残り三十分で本星です」
「もうそんなに? ……意外と話し込んでたのね」
ゆきなは伸びをして、手元のカップを手に取った。
「帰りはシャワー浴びたいわね」
「本当ですね。なんだか今日は長い一日です」
二人の軽いやり取りの裏で、艦内の空調が静かに唸り、冷たい空気が頬を撫でた。
「飲みかけのコーヒー、冷めちゃったわね」
ゆきながカップを傾け、最後の一口を飲み干す。
「星の真ん中に現れた瞬間……攻撃されたらどうする?」
「それでしたら、その国はもう終わりです」
エレナの声は落ち着いていたが、わずかに鋭さが混じっていた。
やがて、航行モニターが警告音を放つ。
「本星、惑星上空です」
「了解。戦闘体制に移行。ステルス復旧できるよう準備して」
「了解しました。シールド系統、警戒レベルへ」
艦の外では、巨大な惑星がゆっくりと姿を現す。
その軌道上には、数えきれないほどの円盤型大型艦が、まるで蜂の巣のように配置されていた。
「すごいわね……あんなに巨大な円盤が、あちこちに」
「艦長、包囲網、形成されつつあります」
「想定通り。ステルス解除——」
艦体を覆っていた光学迷彩が解け、アースが宙に姿を現した瞬間——
惑星全体がざわめいた。
軌道防衛艦群が一斉に動き出し、交信チャネルが錯綜する。
「向こう、大混乱ね。慌てて包囲を展開してる」
「ええ。でも、撃つ気配はありません」
「なら、丁寧にいきましょう。上品にね」
ゆきながゆっくりと姿勢を正し、声を艦内通信へ乗せた。
「こちら天の川銀河防衛軍艦長、ゆきな。星の代表司令との通信を希望します。攻撃の意思はありません。平和的通信を望みます」
沈黙——数秒の後、通信チャネルが開く。
『こちらグレート・グレズ本星管制。惑星外周にて確認。どのような用向きでしょうか?』
「先日、グレート・グレズ辺境防衛軍・クジモ艦長率いる大型艦から攻撃を受けました。
こちらは防衛行動として最小限の反撃を行い、艦を掌握しています。
現在、捕虜及び生存者は安全に輸送中です」
エレナが補足するようにデータを操作した。
「えれな、データログを」
「はい。通信経由で転送開始」
艦橋の空間に、戦闘記録の映像が淡く浮かび上がる。
「向こう側、受信確認。確認時間は十分。十分後、再通信します」
十分後——通信が再び繋がった。
『アース艦長、記録は確認した。……しかし、偽造の可能性もある。これが本当に真実かは断定できない』
ゆきなは薄く笑った。
「まあ、そう言うと思った。信じるかどうかはあなたたちの勝手。でもね、一隻の艦は確かにこちらが預かっているわ」
艦橋の照明がわずかに落ちる。ゆきなの声だけが空気を震わせた。
「ご提案です。映像を見ればわかると思いますが、制御掌握まで三分とかかりませんでした。この境界線を越えてきた場合——警告なしで掌握拿捕します。覚えておいて」
『な、何を言っている!』
「これは最大限の譲歩よ。それでも異議があるなら、銀河連邦のアザト総司令に仲裁を依頼して。彼に話は通してあるわ。正式な経路でどうぞ」
わずかな沈黙——そして。
「では、ごきげんよう」
通信が切れた瞬間、センサーが反応した。
「お姉様、熱反応上昇中——!」
「発射前ね。全シールド全開、ステルス即時展開!」
次の瞬間、アースの艦体が光に溶けるように消えた。
敵艦の放ったビームは空を切り、何もない虚空を灼きながら霧散していく。
「……ふぅ。危なかったわね」
「相変わらず、話の通じない方々ですね」
「まあ、あれで本星も少しは考えるでしょう。さて——帰りは本当にシャワーね」
「了解。温度はお姉様仕様にしておきます」
二人の笑い声が響くブリッジで、アースは音もなく再び星の影へと消えていった。
その航跡は、平和を望む者たちの祈りのように、銀河の闇の中で淡く光を残していた。
「おいっ! また消えたぞ!」
怒号が響く。指令室中の警告灯が赤く点滅し、無数の操作パネルが激しく明滅していた。
「なにをしている! 何としてもとらえろ!」
「ビーム砲、全弾命中コース——貫通……!?」
「貫通だと? この出力でか!? ありえん!」
巨大モニターには、空間を引き裂くように放たれた光線の軌跡が残る。しかし、その先にはもう何もなかった。
「艦影消失! レーダー反応、ゼロ!」
「そんな馬鹿な! 周波数を変えて探せ! 可視・赤外・重力波すべてだ!」
「全部綺麗さっぱり——写りません!」
「なんだと……!?」
本星指令官の額に汗が滲む。
「全方位、レーザー観測網を展開! 360度で撃ち続けろ!」
「命令実行中! しかし……反応なし!」
「あり得ん……もういなくなったというのか?」
副官が恐る恐る呟く。
「ですが、司令……実際、発見できません」
「……!」
室内に、静寂が訪れた。
誰もが、今起きたことを理解できずにいた。
——目の前で撃ち込んだはずの敵艦が、影も形もなく消えたのだ。
「報告!」
「はい、クジモ司令の乗る輸送船と通信が繋がりました!」
「回線を開け!」
「繋ぎます!」
雑音まじりの通信が入る。
『……こちら、クジモ。全乗員無事だ。』
「クジモ司令! 一体何があったのです!」
『……あれは……我々の想像を超えていた。何もできん……完全に掌握された……三分だ。たった三分で……』
その言葉に、作戦室全体が凍りつく。
「三分……? たったそれだけで、艦を……!?」
「ワープ速度の計測は?」
「……二〇を超えていた。現在の理論値を十倍以上も上回っています」
「二〇だと……?」
指令官の誰もが息を呑んだ。
それは、グレートグレズの科学者たちが「神話の域」と呼ぶ速度だった。
ついに、ゆきなは敵の本星に向けて警告を発しました。
その声は揺るぎなく、しかしどこまでも優しく、
平和への道を最後まで諦めない強さに満ちていました。
暴力ではなく対話を。
支配ではなく共存を。
その願いは、銀河を越えて広がっていく。
けれど――相手がその手を取るかどうかは、まだわかりません。
平和な道を選べるのか。
それとも、避けられない衝突へ進んでしまうのか。
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