魔法と科学の国 エルダンカ 124
とある家族の女子高生 と AI
宇宙ステーションの日常を描いた物語
エルダンカ国 入港
すれ違う宇宙船の数は、いつの間にか目に見えて増えていた。最初はぽつりぽつりとしか映らなかったレーダーの点が、今では星座のようにつながり、航路の存在をはっきりと示している。
三時間ほど浅い眠りをとったあと、ふと目を覚ましたゆきなは、髪を指で整えながらブリッジへと足を運んだ。船内は静まり返っており、えれなの寝息が聞こえる。コーヒーメーカーのスイッチを入れ、湯気を立てながら落ちていく香りを楽しむ。カップを持ち、窓越しに広がる宇宙をのぞけば、漆黒の海にきらめく光点と、忙しなく交差していく船影。
「……随分と増えてきたわね」
小さな独り言とともに、カップを口に運ぶ。苦味と微かな酸味が眠気を追い払い、頭を冴えさせる。
その時、ブリッジに小さな足音が近づいてきた。目をこすりながら現れたのは、えれなだった。
「お姉様……もう起きてたんですか?」
「ええ。外を見てたら、もう眠れなくなっちゃって」
「ほんと……すごい数の船ですね」
二人で並んで窓をのぞき込むと、確かに航路は大混雑していた。小型のシャトル艇から、貨物船、軍用艦らしき影まで、多種多様な機体がすれ違い、銀河の中心へと吸い込まれるように進んでいく。
ピピッ、と通信が割り込んだ。
「こちらエルダンカ国、銀河連邦星系防衛軍。トランスポンダー確認中……」
張り詰めた声が響く。
「天の川銀河所属、調査船ハナフライム1〜3号機。乗艦はゆきな閣下、えれな閣下で間違いございませんか」
“閣下”という響きに、ゆきなは眉をひそめた。
「こちらハナフライム。……間違いございませんが、“閣下”は大げさすぎでは? 私たちはただの——」
「いえ。司令のお立場、また天の川銀河代表でいらっしゃいますので」
相手は言葉を選びつつも強調する。その声色には畏敬が滲んでいた。
言いかけたところで、ふっと言葉が止まった。
「……何よ?」
「い、いえ! なんでもございません!」
慌てる声に、えれなが小さく吹き出した。
「フライム城中央広場、ゲート1へお進みください」
「了解しました」
航路をわずかに修正し、船体はゆっくりと降下を始める。
窓の下をのぞいた瞬間、ゆきなの息が詰まった。
「なに……これ……!」
そこに広がっていたのは、圧倒的な光景だった。
城を中心とした巨大な広場に、黒山の人だかり。数千人、いや数万人に近い群衆が波打ち、頭上からは無数のライトが宙に浮かび、白銀の光を一帯に投げかけている。まるで昼間のように明るいが、それは自然の太陽光ではなく、人工的な輝き。だが不思議と不快ではなく、祝祭のような温もりに包まれていた。
「お姉様、着陸いたします」
「……なんだか降りるのが怖いくらいね。でも、仕方ないわ」
着陸高度100メートル。
群衆が大きくざわめき、旗を振るような影も見える。
50メートル。
わぁぁぁぁぁぁ……と、割れるような歓声が押し寄せる。
10メートル。
「……綺麗に、お上品に、丁寧に着陸するわよ」
ゆきなが呟くと、えれなが頷いた。
そして最後の5センチで静止。そこから羽根のようにふんわりと降り立つ。音すら出さないその様は、まさしく天使が舞い降りたかのようで、人々の喉から驚嘆の息がもれた。
「さすがえれなね……音の字もないわ」
「お褒めいただき光栄です」
プシューー……。
扉が開き、熱気と光が一気に流れ込んでくる。
目の前に現れたのは、光の粒をまとったような人物——マリア姫だった。
白と黄色を基調にした華やかなドレスに、胸元には繊細な宝石が光を返す。金色の髪を結い上げ、微笑を浮かべたその姿は、まるで物語の絵本から抜け出たよう。
「ゆきな艦長、えれな副艦長。ようこそ、フライム城へ」
マリア姫はゆるやかに裾を広げ、一礼した。その動作ひとつで群衆がどよめく。
「ご乗船許可いただいてもよろしいでしょうか?」
「乗船を許可するわ♪」
柔らかい声に導かれるまま、二人はエレベーターで降りる。
「マリア姫……今日は本当に素晴らしいお召し物ですわね」
「ふふ……ありがとうございます。ですが、この盛り上がりは少し怖いくらいですわ。噂がどのように広まっているのやら……」
マリア姫は群衆を見渡しながら、小さくため息をついた。だが、その目はどこか誇らしげでもある。
「では、こちらへ。とりあえず何もお持ちにならず、お越しくださいませ」
周囲からはまだ歓声が止まない。人々が両手を振り上げ、旗や花を掲げ、祝福の歌のような声まで響き始めていた。
ゆきなとえれなは視線を交わし、微笑んだ。未知の国での新たな物語が、静かに幕を開けていく——。
プシューッと音を立て、船の扉が開く。
その瞬間、広場に集まった人々から轟くような歓声が湧き上がった。
「ありがとーーーーー!」
「奇跡の人ーーーー!」
「感謝するーーーーー!」
無数の声が夜空に重なり合い、城壁に反響して響き渡る。光に包まれたゆきなとえれなの姿がタラップの上に現れると、群衆の熱気はさらに高まった。
マリア姫は手を振りながら笑みを浮かべ、声援に応えている。隣に立つゆきなは少し照れくさそうに、それでも毅然とした表情で光り輝く道を降りていく。拍手と歓声が嵐のように押し寄せ、えれなは頬を赤らめながらお姉様のすぐ横にぴたりとくっついて歩いた。
エルフの国――エルダンカ、ここに始まります。
科学と魔法が調和し、森の風が歌い、精霊たちが舞う国。
古き知恵を守りながら、新しい未来を紡ぐ人々の姿があります。
ゆきなたちはその地で、多くの感謝と称賛を受け、
やがて“英雄”として語り継がれていくことでしょう。
それでも彼女たちは、ただ静かに、次の一歩を踏み出します。
この美しくも不思議な国の物語を、
少しずつ丁寧に描いていけたらと思います。
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