ゆきなとえれなの違和感と星の謎 115
とある家族の女子高生 と AI
宇宙ステーションの日常を描いた物語
― ワープの向こうに、希望が待っている ―
無事ゲート通過――ワープ開始、最大速度19.3。
船内ではすでに隔離用バイオエリアの構築が始まっており、
内装が静かに“うねうね”と変形しながら、緊急医療室を形成していく。
「……20分ほどで、到着予定です」
⸻
― 到着10分前の連絡 ―
「こちらハナフライムα、艦長ゆきな、副長えれなです。到着まであと10分を予定しております」
《こちらは準備完了。隔離施設、設置完了しました》
「またこんなに早く会えるなんて……この前、助けてもらったばかりなのにね」
ふふっと笑うゆきな。
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「えれな、病原菌だけ、直接αのラボに転送できる?」
「はい、特定済みです。転送可能です」
「了解。到着後、ナノ注射で無力化できるか試してみましょう」
「では……私の血を使いましょうか」
「えっ、お姉様の?」
「そう。感染させて、治るかどうかを確かめたいの」
「……わかりました。採取します」
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えれなが試験管に2本の血液を採取し、「薬前」「薬後」のラベルを貼る。
そのとき――
ハナフライムα、目標位置へ到着。
「試験管2本、送るわ。座標お願い」
「連携転送、完了です」
モニターに、2本の試験管が表示された。
「では、3本目に病原体を転送……」
並んだ3本。
ゆきなが指示を出す。
「半分ずつ転送し、結合して」
――ほんの一瞬だった。
薬後の血液では、病原体が即時に消滅。
薬前の血液では、徐々に侵食が進行。
「……感染から約2年で致命的状態に至ると判断されます」
「つまり、特効薬がなければこの星は滅びていたってことね」
「……はい。そのように判断されます」
⸻
「ハナフライムα、ドックへの未知不明艦の入場を開始」
えれな:「コンピューター連携、制御開始」
相対速度を合わせ、ゆっくりと接続。
「ワイヤー24本、固定完了。重力調整――着陸します」
カーボン床面に設置、固定完了。
続いて――
ナノ滅菌噴霧、内部全域へ展開。
ドック扉は開かず、内部から冬眠カプセルを転送。
扉外周の何万年分の汚れを除去、
ついに――
ギィィィィ……
何万年も眠っていた扉が、音を立てて開く。
⸻
「空気侵入、噴霧浄化開始。内部除菌、完了。全域スキャン、正常」
「中に行くわよ――えれな、来る?」
「ダメですお姉様、行かないでください!」
だがすでに、ゆきなはかってに中に足を踏み入れていた。
「……ため息。えれなさん、これは苦労されてますね」
ハナフライムα AIが、えれなをいたわる。
「だから! もう! そんな簡単に――!」
「でも、ナノ注射も打ってるし、大丈夫よ」
「かもしれませんが……もしもがあるでしょう!」
「その時は、みんなが助けてくれるじゃない?」
「……それはそうですが……もういいです」
えれなも、ため息をつきながら一緒に入っていく。
⸻
― 親子の記録と、希望のメモ ―
「……ベッド転送してるから、ないね。広々してるわ」
壁際には、古びた家族写真が並んでいた。
「これ……親子? あっ、文字がある」
「“ふたりが元気になって、また私を抱きしめてくれますように”
父」
「……悲しいわね」
「でも、初期症状のうちに避難できた人を優先して載せたように見えます」
「……えれな、ログのバックアップ取ってあげて」
「はい、すでに開始しています」
「さすが、えれなね。ありがとう」
⸻
― 目覚めの準備、そして次の星へ ―
「注射と蘇生開始まで、6時間ほどかかりそうです」
「では、その間に……この星を見に行きましょう」
「……お姉様、流石に宇宙服は着てくださいね」
「はいはい……ちゃんと着るわよ」
「あ、そういえばお姉様のスーツ、宇宙服に変わる機能ありましたよね」
「そうなのよ、このボタンでフルフェイスに――ほら、変わった!」
「わっ、ガラスに経過時間も表示されてる!」
「これ、便利ね!」
「じゃあ、今後は入る時も着てくださいよ」
「……はいはい(苦笑)」
⸻
― ほのぼのとした準備と、温かい思い ―
「ワープ発信――座標セット。到着予定17分」
「じゃあ、その間に……えれなの特製ケーキ、食べましょう!」
「はいっ!」
「このケーキ、いくつあるの?」
「18個です!」
「じゃあ10個ぐらい使っていい? 子どもたちが目覚めたら、一緒に食べようと思って」
「いいですね! ついでに……生搾りオレンジジュースも開けます!」
「やった! それと――真空パンも倉庫にあったはず!」
「ナイス! あと、しゅうまいもある!」
「……てことは、ハナフライムαに大浴場って……ある?」
「もちろん! 展望室付きです!」
「もう、完璧じゃない!」
「一緒に入れるわね、子どもたちと――元気になってくれたら」
笑顔がこぼれる2人。
やがて見えてくる星――
そこには、“文明の終わったあとの現実”が広がっていた。
「……到着します」
ハナフライムαの航行音が静かに止む。
ゆっくりと下降を始めた船体は、灰色にくすんだ大気の中、無音の惑星へと降り立っていく。
「惑星内、侵入完了。」
えれなが慎重に通信スキャンを行う。
「お姉様……だめですね。通信電波の反応が、まったく見受けられません」
モニターに映るのは、静まり返った地表。
黒い霧のような雲がわずかに晴れ始めると――
「……見えた」
晴れた視界に広がったのは――
かつての栄光を感じさせる巨大都市の残骸だった。
ガラスは砕け、塔は傾き、壁面は風化で削り取られていた。
骨組みだけがかろうじて残るビル群。
そして中央に、まるで人が立っているように見えた像――
「人……?」
そう思った次の瞬間、それがただの朽ち果てた銅像であると気づく。
両腕を広げた女性像。
誰かを迎えているのか、それとも守ろうとしていたのか。
一周、静かに旋回して全体を確認する。
「……だめね」
ゆきなが小さくつぶやいた。
その声には、哀しみと、やるせなさが滲んでいた。
⸻
だが、エレナは黙って空を見上げていた。
「……お姉様」
「ん?」
「なんか、違和感を感じます。
……どこか、懐かしいような……同じ思いを共有していたような……」
視線の先には、風に削られた石碑があり、そこにはすでに判読できない文字のようなものが彫られていた。
足元に、小さな白い石が並べられている。
誰かが祈った跡のような――
それとも、自分たちと同じように誰かを待っていた“文明の記憶”のような。
「……何かが、この星に“残ってる”気がします」
「そうね……感じるものがあるわ」
ゆきなも、目を細めた。
目の前の世界は、たしかに滅びていた。
けれど、エレナの言う“違和感”――それは、ただのデータでは説明できない、心の震えだった。
難破船を発見し、救助活動に奔走するゆきなとえれな。彼女たちが見下ろした惑星は、かつての栄華を失い、廃墟となり朽ち果てていた。
「この姿を、決して私たちの地球に重ねることのないように」――二人の胸に、そんな強い願いが芽生える。
今後も物語は広がり、彼女たちの旅は続きます。
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