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両手いっぱいに百合の花束  作者: 兼定 吉行
第一章 春の嵐
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第4話 伝説の崩壊

「一郎」


 背後から聞き覚えのある声が掛けられる。


 そりゃあお前がこの場に居てもおかしくないけど、タイミングが悪いな……。


 恋なんてしないと近い合った仲なのに……。


 ばつの悪さを覚えながらも、一朗は自然な様子を装って振り返った。


「ああ黒戸、おは――」


 そこで言葉が詰まる。


 いや、正確には言葉を失ったのだ。


 それも無理はない。


 なぜならば――。


 こいつは会うたびに俺を驚かせないと気が済まないのか!? 


 そこに居た黒戸悠希はブレザーに身を包んでいる――ところまではよかったのだが、すらりと長く白い生足が見えているのだ。


 もちろん、下がすっぽんぽんというわけではない。


 ちゃんと穿いている。


 しかしそれはスラックスではなく――。


「スカー……ト……?」


 そう、スカートだったのだ。


 キュウと心臓が締め付けられるような感覚がし、一朗は思わず胸を押さえた。


 黒戸からじとりとした目が向けられる。


「君は失礼なヤツだね。まさか今の今までボクのことを男だと思っていたのかい? しかも心臓にくる程のショックを受けるなんて……」


「い、いや、だって、あの夜はスカートじゃなかったし!?」


 黒戸は「はあ」と大きく嘆息してから、辟易したように告げた。


「女だってスカート以外のものを穿くだろう?」


「それはそうだが、ボクって……」


「ボクっ娘はメジャーな一人称だろ?」


「創作物の中でだけな!?」


「まあ名前の響きも男っぽいし、よく間違われるよ」


「やっぱりそうなんじゃん!?」


「でも同志の君にだけは間違えて欲しくなかったな」


「うっ――!? ……それはすまん」


「いいよ、許す」


 ……それにしても。


 一朗にはまだ現実を受け止め切れず、改めて黒戸のことを見てしまう。


 美少女のような美少年かと思ったら、美少年のような美少女だったのかよ……。


 確かによく見れば膝やら指やら首やら、色んなパーツが全部女の子そのものだな……。


 そうやって、ついとはいえまじまじと下から舐めるように見てしまったものだから――。


 恥ずかしそうに頬を赤らめた黒戸から、いぶかしむような視線を向けられた。


「……えっち」


「えっちだが!?」


 黒戸が呆れる。


「開き直るなよ……」


「仕方ないだろ男の子なんだから!」


「隠す素振りくらい見せるべきだろう? まったく……。ところで、一朗は何組だったんだい?」


「二組だよ」


「じゃあ隣だね。ボクは一組だ」


「教科書とか体操着とか、忘れたらすぐに貸し借りできるな!」


 黒戸の口の端が意地の悪い角度に上がった。


「スカートも貸してあげようか?」


「女装の趣味は無いっ!」


「へぇ、意外だね」


「殺すぞ!?」


「あはは!」


「……いや、でも待てよ。お前の制服にも別の使い道がありそうだな」


「お巡りさん呼んでくるね?」


「まだ実行してないぞ!? そもそも貸すと言ったお前にこそ瑕疵がある!」


「君がそこまで変態なのは想定外だったよ」


 しばらくはおバカで他愛のない会話に花を咲かせていた二人だったが、その内に入学式当日のポジティブな賑やかさとは別に、ネガティブな印象を受ける慌ただしさを滲ませる者がちらほらと辺りに居ることに気付いた。


「……なあ黒戸、なんか騒がしく無いか? 悪い意味で」


「……うん、なんだかざわざわしてるし、さっきから教師らしき人達も慌ただしく行き交ってるね」


 人の流れを見定めながら、一朗は告げる。


「校庭の方で何かあったみたいだな」


「行ってみよう」


「ああ」


 そうして向かった先で目の当たりにした光景に、二人は大きな衝撃を受けた。


「――なっ!?」


 まさか黒戸のスカート姿以上に、驚くことがあるなんてな……。


 見れば黒戸もぽかんと口を開け、呆けたように驚いている。


 ……ということは、こいつも今知ったってことだよな……。


 一朗は改めて視線を戻した。


 何者かの手により無惨にも伐り倒された、伝説の桜の樹へと――。


 同じく前方を見詰めたままで、黒戸が囁くように小さな声で訊ねてくる。


「……一応訊くけど、君じゃないよね?」


「それを訊いてくるってことは、お前の仕業じゃ無さそうだな」


「……一体誰が、なんのために……?」


「俺達みたいなのが、少なくとも後一人はこの学校に居そうだな」


「やっぱり、そういうことなのかな……」


「……適当言ってみただけだよ」


 だが、微かにだが悪い予感はある。


 それに伐られた樹はまるで一朗に「お前にはその勇気が無かった」と、そう責めているようだ。


 代わりに伐っておいたぞ――と。


 あるいは、お前達のことなどお見通しだと、そう言われているようでもある。


 不気味さと、モヤモヤとしたものを感じながらも、二人はその場を後にしてそれぞれの教室へ向かうのだった。




 ◇

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