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両手いっぱいに百合の花束  作者: 兼定 吉行
第一章 春の嵐
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第2話 友情、生まれる

「まさかそれで、この樹を燃やすつもりなのか?」


「そうだよ」と、彼は事も無げに言ってのけた。


「最期にピンクじゃなくて真っ赤な花を咲かせてやるのさ」


「いやいやそれはヤバイだろさすがに!?」


「じゃあ伐り倒すのはいいのかい?」


「少なくとも消防は来ないし、実際に罪の重さが大きく変わってくるぞ?」


「……確かに」


「バカなの?」


「ひどい言いようだな。ボクは非力だから、伐り倒すって選択肢が最初から無かっただけさ」


 なるほど、理由はあったのか。


 一朗は納得したが、それは手段に対してだ。


 改めて少年の優れた容姿を確認してから、なぜこの桜の樹を燃やそうとしているのかと、疑問を呈する。


「……わからないんだが、お前さ、面がいいのになんで桜を燃やそうとしてるんだ? 俺みたいなのと違ってモテるだろ?」


「否定はしないよ」


「やなヤツ」


「ははっ」と少年は失笑してから、今度は真面目なトーンで話し出した。


「……叶わない恋だとわかっているからこそ、未練を断ち切るためにも、この色恋沙汰の象徴みたいな木には消えて欲しかったのさ。……きっと、見るたびに期待が過ってしまうから……」


 よくわからないが、少なくとも俺よりは深く真っ当な事情がありそうだと、一朗は感じる。


「……そうか」


「訊かないのかい? ボクに何があったのかを」


「それは野暮だろ?」


「……君になら話してもいいかなって思えたんだ」


「ならその内、機会があったらな」


「……そうだね。機会ならたっぷりと三年間はある」


「ま、そういうことだ」


「で、君はなぜなんだい?」


「俺には訊くのかよ!?」


「もちろん話したくないなら無理にとは言わないよ」


「……ま、いいか。どうせ大した話でもないしな」




 ◇




「お前が好きって言ってた子だけど、絡まない方がいいかも」


 突然親友からそう告げられた一朗は、驚きながらも訊ねる。


「えっ。それはなんで?」


「少し言いにくいんだけど……。その子、俺の彼女と友達なんだけどさ、お前のこと、キモいから絡みたくないって言ってるみたいなんだわ」


 キモいって……。


 まともに絡んですら無いのに……。


 大きなショックを受けながらも、一朗はなんとか返事をした。


「……マジかよ。でも……いや、そうか、わかったよ……。ありがとな、教えてくれて……」


「いいって」


 もう恋はしないと、この時誓う。




 ◇




「中学三年生の俺には、自分がとても惨めに思えて仕方なかったよ……」


「……なるほどね、確かにつらい出来事だ」


 そこまでを聞いた少年は、我が事のように同情した。


 一朗は続ける。


「しかも話はまだ終わりじゃない」


「えっ」


「その親友はこの後彼女と別れ、俺が諦めたその女と付き合ったんだ」


「……まさか」


「まあ、そのまさかなんだろうな。おかしいと思うべきだったよ。ほぼ絡んだことがない相手から、いきなりキモいなんて言われる筋合いは無い。つまり俺の親友は彼女と別れて、新しい女に乗り換えようとしていたが、その女を俺も好きだと知り、先に排除したって訳だ」


「そんなことが……」


「……だから恋なんてクソなんだよ。友情すらぶっ壊しやがるんだ……」


「……」


 今度は少年は、何も言わない。


 掛ける言葉もないのだろう。


 しばらく沈黙したのち、代わりに自己紹介を始めた。


「……遅くなったけど、ボクは黒戸悠希(くろとゆうき)だ」


「俺は斎木一朗だ、よろしくな黒戸」


「ああ、一朗」


「……馴れ馴れしいな」


「いいだろう? 一朗。ボクのことも悠希でいいんだよ?」


「小学生じゃ無いんだから、俺は下の名前呼びはしねーよ」


「ふふっ、そうかい」


 ――結局、一朗達は桜を伐るのを止めた。


「……なあ、このまま家に帰るのもなんだし、コンビニかワックで駄弁らないか?」


「いいね」


 一朗の提案で二人はファストフード店へ向かい、そこで繰り広げたひねくれ談義は大いに盛り上がる。


 ……こんなヤツも居るなら、女が絡まなくたって高校もなかなか面白いのかもな。


 一朗は少し、これから始まる高校生活が楽しみになるのだった。




 ――そして入学式がやってきた。

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