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両手いっぱいに百合の花束  作者: 兼定 吉行
第二章 オリエンテーション
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第18話 おいこら鈴木

 相変わらずマイペースに前を行く雪野。


 その小さな背中。


 自分のものにならない重みと感触の余韻が残った手に、一朗は虚しさを覚えながらも、地図へ目を落とした。


 そうしていると、後ろに居る鈴木が聞こえるか聞こえないかという声でボソリと呟く。


「こっちに転んでくれればよかったのに」


 先程の雪野のことを言っているのだと、すぐに気付いた。


 ……このむっつりめ。


 だが、気持ちはよく理解できる。


 一朗の中で鈴木への仲間意識が強まるのだった。


 その後はハプニングも無く、一行は順調にゴールへ向かって進んでいく。


 周囲の木々が白樺に変わり、地面を熊笹が多い尽くす、気持ちのいい道を進んでいると、車が行き交う音が聞こえてきた。


 これまで歩いてきた山道が、突然道路にぶつかる。


 雪野が振り返り、困惑しながら訊ねてきた。


「道、間違っちゃったかな? 普通の道路に出ちゃったよっ?」


「いや……これで合ってるっぽいな。地図でも一度道に出てるし、後少しだ」


「よかったぁ……」


 そう安心してから、少し遅れてきた鈴木にも聞こえるよう、雪野のが檄を飛ばす。


「さあ、もうちょっとだよっ! みんながんばろーっ!」


「おう」


 見れば鈴木も控え目にだが、拳を掲げていた。


 雪野のポジティブさが伝播したようだ。


 さすがだな、雪野は……。


 でも――と、一朗は考える。


 でもこんないい子のお手本みたいな雪野が、あの桜の樹の伐採を一人でやってのけたんだよな……。


 人ってわからないもんだ……。


 恋は人を狂わせるのかもしれないな……。


 雪野のそういう苛烈な部分も含め、強過ぎる想いを正面からぶつけられた時、果たして俺は受け止めきれるか? 


 黒戸は雪野のこういう部分も含めて、受け入れてるんだよな……? 


 あいつの想いの器は本物ってことか……。


 それとも、知らないなんてことはないよな? 


 そんな風に考えを逡巡させていると――。


「あっ、見えてきたよっ!」


 雪野の声にハッと一朗が前を見れば、目的の清泉寮はもうすぐそこだった。


 そこからは足取りも一気に軽くなる。


 ゴール地点では、待ち受ける教師達が笑顔で出迎えてくれた。


「お疲れ様です。早かったですね」


 その言葉に周りを見れば、他の班はあまり到着しておらず、意外にも言葉通り早い方だったのだと気付かされる。


 っていうかみんな、どんだけやる気無かったんだよ……。


「地図はこちらで回収します」


 地図を教師に提出すると、代わりにソフトクリームの引換券を渡される。


 それを貰った雪野が小さくジャンプした。


 まだそんな体力があるのか……。


 三人は売店で券とソフトクリームを引き換え、牧場が見えるウッドデッキに移動する。


 雪野はソフトクリームを両手持ちで頬張りながら、本当に幸せそうな笑顔を浮かべた。


「うーん、アイス美味しいねっ」


「ああ、ジャージー牛の生乳を使ってるだけあって濃厚だな」


「ジャージなんて着てないのにおかしいねっ!」


「いやジャージーは地名だから」と一朗がつっこむより早く、鈴木が同意する。


「本当、おかしいよね……」


「ねーっ!」


 ……いや鈴木君、それでいいのか? 


 絶対わかってて肯定しただろ……。


 ポイント取りにいきやがって……この裏切り者が! 


 どうやらユダ鈴木も、雪野の魔力にも似た魅力にやられてしまったようだ。


 救えなかった……。


 などと考えていた一朗だったが、ふと雪野の方を見てハッとする。


「あ、雪野、アイスたれてきてるぞ」


「ほんとだっ!? でも大丈夫っ、溶けても美味しいよっ!」


「いや、手が……」


「手も美味しいよっ!」


 雪野はペロペロと小さな可愛らしい舌で、溶けたソフトクリームを指から舐め取っていた。


 味の問題じゃ無いんだが――とは思ったが、一朗はつっこむことを諦める。


「……ならよかったな」


 それに雪野の言う通り、確かにアイスにまみれた彼女の小さな手も美味しそうだ。


 ご相伴に与りたい……。


 ペロペロさせてくれ……。


 雪野がそんな視線に気付き、怪訝な顔になる。


 まずい、よこしまな考えがバレたか!? 


 一朗は焦ったが、そういうことではなかったようで――。


 彼女はソフトクリームをこちらから遠ざけつつ、こう言い放った。


「あげないよっ!?」


「……そっちか」


「えっ、アイスしかないよねっ?」


「気にするな、こっちの話だ」


 雪野ははてなといった表情を浮かべていたが、ユダ鈴木はうんうんとわかりみを示している。


 ……こいつも大概だな。


 一朗は自身を棚に上げ、そう思うのだった。




 ◇

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