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神の歌  作者: おさかな
第二楽章 夢と幻と喜び
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第9話 「兵器」

 眠るように倒れ込んだ人々達には魂の気配が感じられない。

 神々もうずくまったり、呼吸が乱れている様子を見るに、多かれ少なかれ影響を受けている。

 が、命に関わるような状況に至っている訳では無いようだった。


 そんな静まり返った惨状の中、幼い容姿には似合わない知能を持つ一人の神は、変えられようのない事実を悟った。


 ――この状況をもたらしたのは、紛れもない自分自身、『兵器』であると。


 しかし、殺したことへの罪悪感なんてものは感じなかった。

 天使を消すことが使命であるドールにとって、それは当然とも言える感覚だ。

 殺すことへの抵抗を覚えてしまうのは、使命の邪魔でしかない。

 だからなのだろう。何も感じなかった。


 ふと、ドールは倒れ込み微動だにしない天使に歩み寄る。

 まだ小さな拳を振り上げ、その者の頭部を破壊した。頭蓋を割る音が響き、肉片が飛び散る。

 恒術を使用した前例が無いため、万一殺せていなかった場合を考えての行動だった。

 ドールは一人残らず次から次へと、狂ったように天使の頭部を破壊する。周りなど気にせず、淡々と拳を振るう。

 ドールの衣服に、次々と朱殷(しゅあん)の花が咲いていく。

 周囲に響き渡る(むご)い音。それは、他の神にはどのように聞こえたのだろう。


 目を血走らせたドールは、また次の天使を――と思ったが、もう残っていなかった。

 途端――


「………っ……うっ」


 今まであったはずの異常なまでの集中力がぶつりと切れる。

 それと同時に、気にも留めていなかった啜り泣く声が、ドールの意識を支配していく。

 その音の方を向くと、地面に座り込み泣きじゃくるキールの姿があった。


「――ぁ?」


 何か、おかしい。どこかが、噛み合っていない。

 この場には、多くの亡骸が転がっている。

 この状況を引き起こしたのは、ドールであって。

 ドールが、恒術を使ったのは――


 キールを、守るためだったはずで。


「――?」


 こんな状況、誰が望んだだろう。

 この惨状を、キールが望んだのだろうか。

 キールの涙を見ればわかる。

 ――その答えは、否。

 ドールの心に影が落ちていく。

 守りたいというドールの感情に反し、恒術は無差別的な殺戮を引き起こした。



 ――『兵器』は守るもの、殺すものすらも選べない。



 それに気が付いた瞬間、ドールの瞳に映る世界が色褪せていく。

 何もかもが、もう手遅れだった。

 傷付けてしまった。気付いてしまった。

 もうドールには、確かな絶望しか残っていなかった。


「――――――いやああああああああああああ!!」


 崩れ落ち、頭を抱え、喉が張り裂けんばかりに声をあげる。視界がぼやけていく。

 吐き出したその感情を、一体何と呼べば正しいのだろう。


 兄妹のことは、大好きだった。

 当然、傷付けたくない。

 それなのに、一番傷付けてしまうかもしれないのが自分自身であって。


 与えられた恒術へ、やり場のない苛立ちを覚える。

 私の存在意義が『兵器』であるなら、どうして感情を残したのだ。

 人間に対して、神に対してすら何も感じないような、ただの『兵器』として生きられたなら。


 誰も揺さぶることのできない願望は、他の誰でもない自分自身によって打ち砕かれる。


 ――兄上達、妹達、皆のことを愛しているのだから。


 その想いに応えてくれない恒術を以て、何ができるというのだろう。

 ――それならば。



 結果、この出来事は神の頂であるドールのおぞましい力を知らしめることとなった。


 これ以来、とある日を迎えるまで、人々にとってドールは神でありながらも恐怖の対象とされるようになる。

 圧倒的な強さが故の『兵器』という異名さえも、人々がドールに向けた恐怖を含めるものと化した。


 それともう一つ、明らかな変化が起こった。

 ドールが、人々の前に一切姿を現さなくなったのだ。

 以前から人間を嫌っていたため有事の際にのみ姿を見せていたドールだったが、それすらも無くなった。

 人々の間では様々なくだらない噂が出回っていたと聞いたが、その真相を知るものはほんのひと握りだ。


 そんな中、当の本人――ドールは、自ら枷を付けることを選んだ。


 これが人々の前から姿を消した理由である。

 ――ドールは、幽閉されることを望んだ。

 初めはこのドールの要求に対して、内部の人間は反対する声を多く上げた。

 当然と言えば当然だ。ドールが幽閉されてしまえば、実質的に大幅な戦力が削がれることとなる。

 それでも尚、誰よりも権力を持ったドールは揺るがなかった。


 この判断が正しかったのか、誰にも、当人さえもわからない。

 一つだけ言えるのは、確実に犠牲は減ったことだけだった。

 とはいえ、ドールが幽閉を望んだのは人々の犠牲を減らすためではない。人間のことなど、知ったことではない。

 ――ただ、兄妹達を傷付けないためだった。

 そうするためには、きっと、傍に居てはならないのだと。


 ――それが、『兵器』の運命なのだと。

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