第4話 「何処に」
「まだ……このことは誰にも明かさないでくれますか…?」
縋るようにカインドとカルムアに願ったドール。
涙は止まっているが、余韻は消えていない。
「大丈夫。ドールが考えてること、わかってるから」
そう言って微笑むカインドはとても頼もしい。
絶対、一人になんてしてくれないんだろう。
しかし、カインドの隣でじっと黙ったまま立っているカルムアの顔は、晴れない。
――否、実際は、カインドもなのだろう。
「カルムア……」
「……ごめんなさい。……少し、怖いんです」
カルムアは俯き、震えた声でぽつりと零す。
カルムアが感じている恐怖は、ドール自身も抱えているものだ。
それは、胸の中でぼんやり浮かんだまま消えない。
でも――
「傷付けたくない。失いたくない。だから、怖いんでしょう?」
カルムアは、目を潤ませ、こちらを見つめる。
それだけ、この子は人を想えるのだ。
だからこそ傷付き、迷う。
彼女の手を引いてあげたいと、そう思ってしまう。
――そんな資格は、無いはずなのに。
女王という立場にあるカルムアだが、まだ脆く、弱い。
当然だろう。傷口も塞がらぬままに、沢山の傷を負わされたのだから。
それは決して、ドールにとっても他人事ではない。
――直接的ではないといえ、負わせてしまったのには変わりない。
傷付けたくない、失いたくない。そう思っているのは、ドールも同じだ。
でも、まだ躊躇ってしまう。
――もし、あの日に戻れたのなら、未だにそう思う。
「その恐怖は無くしちゃいけないよ。ね?」
カルムアには、自分の優しさに気が付いて欲しいと願いを込め、ドール自身には戒めを込め、微笑みかけた。
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「ナスタ、レンカ…?」
薄暗い部屋の中、ガウムが思い浮かべた二人。
輝く黄金の瞳と髪。
天使だとされるこの特徴に、これほどまで当てはまる人物が他に居るだろうか。
正直、信じられない。
こんな身近に天使がいるとは、想像もしない。
しかし、
『該当する者は天使であると考えていいだろう。』
このドールの記した言葉が、確信へと変えた。
となると、浮かんでくるのは一つの疑問。
それは、ナスタ、レンカの二人が天使の『どちら』に当てはまるのか。
――この二人が、信頼された天使なのか。
そんな疑問を抱きながらも、どこか安心している自分がいる。
だって、カインドとカルムアのことだ。
ちゃんと傍に置く人は選んでいるだろう。
実際、ナスタもレンカも優しくて、真っ直ぐな目をしている。
人に信用されないような護神、星ではない。
ふと、そんなふうに思っている自分に驚く。
ここに来てから、そこまでの月日は経っていない。
それでも、ちゃんと信頼できているのだなと、それが素直に嬉しかった。
ページをめくると、そこに記されていたのは様々な人物――天使の一覧だった。
それは、このページ以降、最後まで続いているため、どれほどの人数のものが記されているのかは想像し難い。
初めに記されている天使について、ざっと目を通す。
『ダリア・リシアン(750~)』
一人一人、能力や使う魔法、生きていた年や、その人物の背景など、詳細に記されているようだ。
興味本位でページをめくると、絶対に目を逸らせない――否、逸らしてはいけない文字が目に付く。
『デルフィア・リシアン/テルボ・リシアン(750~)』
この名がこの本に載っているだけで、どれほどまでの意味になるか。
デルフィアとテルボの名のどちらかは偽名だろうか。
ガウムの脳内が疑問で埋めつくされる。
どうして、神であるカインドの弟、テルボがここに記されているのか。
どうして、今まで誰もそのことをガウムに言わなかったのか。
どうして、殺せないのか。
『対象の器に魂をねじ込み、内側から蝕み、衰弱死させる。対象の魂は、強制的に弾き出される。
デルフィアは時に応じて器を選んでいるため、絶えず生き続けることを可能としている。
龍闇の夜に大きく関わった天使であるため、ダリア・リシアンと共に「闇双星」という異名で呼ばれる。』
単純に言うと、『対象の身体を乗っ取る』ということだろう。
様々な人々の器を転々とし、生き長らえる。
――命への冒涜だ。
となると、ある可能性が浮上する。
――カインドの弟は、現在乗っ取られている。
この考えだと、色々と辻褄が合ってしまう。
ドール達がテルボに対して冷たい立ち回りをしていたのも、相手が天使だから。
そして殺せないのは、カインドの弟の身体だから、ということだ。
ガウムに話せなかったのは、変にテルボを触発してしまうと、望まないことが起こる可能性が否めなかったからだろうか。
それとも、単にガウムに巻き込まれて欲しくないという彼女達の優しさの末なのだろうか。
きっと、その両方だろう。
でも、ドール達だけで抱え込んでいるのが分かっていて、それが彼女達の優しさだからといって甘えるのは、嫌だ。ドールやテールが相手だろうと、これだけは譲れない。
まだ、カインドの弟を救えるはずだ。
誰もテルボを殺していないのが何よりの証明になる。
弾き出されてしまった魂を、再び取り戻せるのなら。
「待っていてください。――いつか必ず、言葉を交わしましょう」
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昼夜も分からないほどどす黒い空、ここに存在していた何もかもが薙ぎ払われ、荒れ果てている。
唯一の明かりは、あちこちで上がる火の手のみ。
どこかで悲鳴が聞こえる。耳を塞ぎたくて堪らない。
しかし、地獄のような今の世界の中、正気で居られるのは貴方が隣に居るからだ。
こちらにそっと差し伸べられた手は、所々火傷を負っており、痛ましい。
優しく微笑みかけてくれる貴方の隣に居るだけでいいのに。
どうして、運命はこうなのだろうか。
「どんな結末でも、貴方の隣がいいから」
いつの日にかくれたその言葉を、未だに覚えている。
今だって、寄り添い続けてくれている。
きっとこのまま朽ち果てていく。
それでも尚、運命を共にしてくれるのなら――
「――ル!ドール!」
意識が引き戻される。
瞼を開けると、ほっと胸を撫で下ろしたカインドと、心配そうに手を握ってくれているカルムアが映る。
ベッドだろうか。背中に柔らかい感触がある。
さっきまで、カインドやカルムアと言葉を交わしていたはずだ。
――それなのに、何故知らない景色を見ていたのか。
「は、っはーーーっはぁーっ」
手足は震え、視界は揺れ続け、頭が回らない。うまく、呼吸ができない。
――そもそも、酸素を欲している時点でおかしい。
普段、神は酸素が不要なので呼吸をしていない。
神は、怪我を負ったとき等、体に異常が生じた場合にのみ酸素を取り込み、体を修復する。
つまり、体に何らかの異常が起こっているのだ。
しかし、これが初めてでは無い。
「ゆっくりでいいから、教えて」
治癒魔法を掛けながら問いかけるカインドの顔には、まだ焦りが消えていない。
「知らない…場所、で…誰かが居て…」
思うように言葉を発せない。
「また、か…」
カインドの言った通り、これは初めてではないのだ。
もう、何回も起こっている。
「夢なのか、それとも――誰かの記憶…?」
そう言って、カインドは眉を顰めた。