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神の歌  作者: おさかな
第二楽章 夢と幻と喜び
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第3話 「ようやく光は差し込んで」

 カインドが部屋から出た後、ガウムは一冊の本を手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 天使のことについてまとめてあると聞かされているこの本は、少し分厚く、黒い表紙のものだ。

 どうしても、その本を開く気にならない。

 ガウムの手足が震え、ただ、得体の知れない恐怖に駆られていた。

 ――知ってしまうことが怖くてたまらないのだろうか。


「………ふっ」


 そんなことで動けなくなるだなんて、護神としてどうなのか、と瞳を自嘲で満たす。

 ここで逃げてしまってどうする。

 大丈夫だと、そう言い聞かせて、ようやく表紙に指をかけた。


 表紙を開き、一枚目をめくると、


「……?」


 天使の説明、とは思えない文章が記されていた。



『あなたは神か、王族か。それか、天使のどれかだろう。

 この本を読み進めようとしているのなら、ひとつ尋ねようか。

 どんな運命だろうと受け取れて、飲み込んで、もがいて、足掻いて、意地でも殺す覚悟。それがあるか。

 逃げないのなら、きっとどこかで会えるだろう。私に対しての殺意が無いのなら、待っている。』



 読み手に対してのものだろう。

 初めに浮かぶのは、ガウムがこの本を読んでいる事に対しての疑問だ。

 神か、王族か、天使か。その問いかけに、どれも当てはまらない。

 唯一、カインドがこの本を渡してくれたことが保険になるだろう。

 カインドも、安易に何かを天秤にかけるようなことはしないような人だ。そこは信頼できるだろう。


「覚悟……」


 筆者――ドールが問うた覚悟。

 それは、ガウムにあるだろうか。

 否、疑問に思うことでもないだろう。

 何のための守誓式、肩書き、存在なのか。

 彼女らを守るためならば、命だって捨てる覚悟は出来ている。

 ――それが、例え誰かの命を奪うことになろうが変わらない。


 そう信じて、一度止めた視線を再び動かす。


「――?」


 自然と、意識が向いた方には、受け入れがたい文が目に入った。


『天使は神、主に私の殺害を目的として行動をしている。』


 ドールが狙われる理由として考えられるのは、その地位だろうか。

 ただでさえ位が高い神の中でも、最も高いというのだから、命が狙われていてもおかしくはない。

 地位が高い人物が狙われるのは、必然的ともいえるだろう。

 ――しかし、どうしても引っかかる。

 読み進めれば、何かがわかるだろうか。


 深く、深く息を吸い、ページをめくる。

 そこには、天使のことについての記述がされていた。

 初めに語られるのは、天使の成り立ちについてだ。



『セフューアが生きていた頃に遡る。

 セフューアは信頼を寄せるのに値すると見込んだ一族を、王族、天使の二つに分けた。

 そして、王族は世を治め、天使はセフューアの側近という役割になる。

 数百年間、その役割は続き、世界の秩序を守っていた。

 しかし、龍闇(りゅうあん)()が起こり、世界は大きく乱れる。

 後に主犯が天使だったと発覚し、天使は一部を除き、孤立した存在になった。』



 知らない歴史だ。

 当然と言ってしまえばそうだろう。

 それでも、そのまま無知でいるのはあまりにも無責任だ。

 今回の件が一通り片付いたら、しっかりと学ばなければ。


 それはそうと、カインドが言っていた王族、天使は血が繋がっているということは確かなようだ。

 にわかには信じられなかったが、飲み込むしかない。


 この世界で何らかのトラブルがあり、その主犯が天使だった。

 そこまでは理解出来るが、一部を除き孤立した、という点が気になる。

 つまり、信頼されている天使がいる、ということだ。

 人々から孤立した天使は、その分だけの罪があったはずだ。

  孤立しなかった天使は、その罪を犯していない、ということになる。

 天使は、元々地位が高いだろう。それこそ、ガウムやナスタが名乗る護神と同じ、それ以上なことも有り得るだろう。

 元は王族と同じ一族だった、というのが何よりの根拠になる。

 ――それほどまでに地位が高いのなら、案外身近にいてもおかしくはないと思うが。



『以降、孤立した天使達は、主に私達神を狙った行動を起こすようになる。全て、眠りについたセフューアの復活のために。

 王族は、今も世を治め、人々の秩序を保っている。』



「セフューアの復活……?――あ」


 ふと、カインドの言葉が脳裏をよぎる。


『天使の全ては神の復活のために』


 その言葉が、先程の文と繋がる。

 カインドが言っていた「神」は、セフューアという人物ということだ。

 そして、天使は眠りについた神であるセフューアの復活を願望としている。


 それでは、何故セフューアと同じ神であるドール達のことを狙っているのだろうか。やはり引っかかる。

 セフューアとドール達の関係が掴めない。

 そこに関しては、当事者に聞いた方が納得できるだろう。


 これだけでも十分な情報量だが、まだまだページが残っている。今読んだ部分なんて、たったの一ページだ。



『天使は、金色の髪と瞳であり、他の人間にこの特徴は見られないため、該当する者は天使であると考えていいだろう。』



 ガウムは、二人の人物を思い浮かべる。

 ――だって、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ガウムがとある事実に気づいた頃。


「今、大丈夫?」


「……?どうぞ」


 ドールの部屋に訪れたのは、カインドとカルムアだった。


「どうなさいましたか?兄上」


「大事な、話がある」


 柔らかく微笑むいつもの彼とは違い、瞳はただならぬものを帯びていた。

 ――その瞳が、ドール自身を正気に戻してくれたあの時のものと同じように感じ、胸を撫で下ろす。

 カインドの傍でそっと寄り添うように佇んでいるカルムアは、安堵と不安が入り交じったような顔をしている。

 それでも黙って傍にいるのは、きっとカインドのことを信頼しているからだろう。


「ずっと、ドールに話すか迷っていたんだ。でも、ドールのことなら、知ってたんだよね」


 ゆっくりと紡がれるカインドの言葉。

 その言葉の意味が分からない。

 自分しか知らないようなことは――


「……あ」


 ひとつだけ、思い当たるものがある。

 しかし、教えていないし、教えるつもりもない。

 カインドやカルムアが知っているはずがないのだ。


「あの子をここに迎えたのも、あの子があれほどまでの力を持っているのも、傍に居ると、心が軽くなるのも。全部、全部、分かった」


 カインドの眼差しは、柔らかくて、どこか懐かしい。

 それを見て、確信する。

 そんなことはないと、そう思っていた。

 どうして気が付いたのかだなんて、今はいい。

 ――ただ、もう独りで抱え込まなくていいのだと、安堵で満たされる。


「……あ、れ?」


 何かが頬を伝う感覚がする。

 そっと触れると、涙があった。


 ずっと、誰かに話したかった。

 兄妹ならば、あるいは王族ならば、誰も天使に口を割るようなことはしないと、分かってはいた。

 でも、ただ一人の「人間」として生きている彼女の正体が、天使に知られてしまったら。

 怖くて、怖くてたまらなかった。

 ――二度と、あんな景色は見たくない。


「大丈夫」


 そう言って、カインドは優しくドールのことを抱き締める。

 彼の温かさが懐かしくて、心地よくて。

 涙で視界がぼやける。

 ずっと心を蝕んでいた苦しみが、少し軽くなる。

 また、カインドに助けられてしまった。


 ――涙はとどめなく溢れ、ドールの頬を濡らした。

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