第1話 「今、ここから」
あたり一面、純白に染まった街。目を焼くような純白はあまりにも美しいものだ。
無数の同じ形をした建物が並んでいる先に、白い大きな城が建ち、この街の異質さを際立たせていた。
辺りを見渡しても端が見えず、かなり広いことが伺える。
そんな白い街に一際、目を引くものがあった。
それは、中央の女神のような像だ。所々に黄金が使われており、思わず見惚れるほどのものだった。
――そんな街でただ一人、呆然と像を見つめる少女が立ち尽くしている。
「――ここは…?」
ここが何処で、なぜここに居て、自分が誰で、直前まで何をしていて――欠片もわからない。
記憶が、抜け落ちてしまっており、かなり深刻な状態だ。
縋るような気持ちで辺りをいくら見回しても、何も分からない。
人の気配もなく、頼ることも出来ない。
自分が、行動をしなければ。
何故か、「どこに行けばいいのか」なんて疑問は浮かばない。
自然と、少女は像が向いている方向へ――城へと歩みを進めていた。
ゆっくり、辺りを観察しながら進む。
それにしても、本当に白に染まった街だ。
規則的に並んだ建物や、地面、そこかしこが白だ。
建物には、人が住んでいるのだろうか。それにしては人気が無さすぎるが。
独特な雰囲気を帯びた街を歩き続けていると――
「どうしてここにいるの?」
少女は突然話かけられ、肩を跳ねさせる。
話しかけられたことにもだが、人がいたことに対しての驚きも大きい。
翡翠色をした腰あたりまである髪は日の光を浴び、眩いばかりに輝いている。髪と同じ色の見透かすような瞳は驚いたように瞳孔を丸くさせ、こちらを見つめている。
そんな少女がまとっているのは翡翠色の袴が特徴的な巫女服だ。装飾や複雑さが一切無く洗礼されたデザインは、彼女の容姿やこの街と相まって神秘的な一体感を成している。
それと――さっき見た像によく似ているのは、気のせいだろうか。
そんなことより、ひとまず聞かなければならないことが多すぎる。
「ここは、どこですか…?」
「記憶が、無いの?」
翡翠色の髪の少女は目を丸くさせ、こちらを見つめる。
――その瞳に、絶望ともとれる色を感じた。
「何も、分からないんです……」
「――私はドール。とにかく、ついてきて」
こうして少女と「ドール」は歩み出した。
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「私の名前、ご存知ですか?」
少女は淡い期待を込め、そうドールに問いかけてみる。
今でも、不安が消えない。当然だろう。
「――ごめん、分からない」
「そう、ですよね…」
少女は大きくため息をついた。
「――ガウム」
「……?」
「この名前をあげる」
思いもよらないドールの発言に、少女は驚く。
「ガウム」という響きが、自然と馴染む。
それに、これから生活するとなると、名前が無いというのも不便だろう。
「ありがとうございます」
少女――ガウムの返事を聞くと、ドールは優しく微笑んだ。
ドールからは、どこか不思議な雰囲気を感じるが、悪意のようなものは一切感じない。
むしろ、一緒にいると落ち着く。
「……」
「……」
二人は何も言葉を交わすことなく歩いていく。
黙っていても居心地が悪い訳でもないので、無理に話す必要は無いと感じたからだ。
それに、新しい情報が次から次へと流れ込んでくるガウムにとっては、会話をするほどの余裕がない。
ドールは、ガウムが歩いてきた向きから方角を変えず、その道をずっと辿っていく。
進むにつれ、城がどんどん大きく見えてくる。
「着いた」
目の前にあるのは、この街にふさわしい真っ白な城。
「ここはホワイルティ。『始まりの城』とも呼ばれているわ」