七十五話 厄介な
「っは……」
八下は力の使いすぎのせいか、汗をかいている。
彼は包帯などの上から霊力を込め、傷口の治りを早めているらしい。それが、彼の得意な能力だとか。
その甲斐あってか、村人たちの呻き声はだいぶ減った。痛みが引いて、落ち着いた顔つきになった者や、痛みはまだあれど、先程よりかは減ったという者ばかりだ。
望緒たちはその様子を見て、ほっとする。しかし、それと同時に望緒は心配をしていた。
「ねえ、大丈夫? さっきから凄い汗だよ。少しぐらい休んだら?」
「そんな訳にはいかねえよ。ただでさえこいつらが苦しんでるのに、俺だけ休むとか……」
彼はそう言って、望緒が手当てをした女性の背中をまた治療した。その度に汗が一つ増える、そんな気がする。
どれだけ自分がつらかろうと、目の前に苦しんでいる者がいれば、そちらを優先する。八下はそんな神だ。
これぐらいで霊力が尽きることはないだろうが、体力はすり減るだろう。それでも、彼は手を止めることはしなかった。
望緒たちもまた、彼のその姿を見て止まることはしなかった。村人を守ることに徹する。
◇
朝陽は“念”の分身の攻撃を、薙刀で受け止める。重い衝撃が、彼女の手を痛めつける。しかし、痛がっている暇はない。“念”の分身は次々に攻撃を仕掛けてくる。
朝陽も他の三人も、その対応だけで手一杯だった。
「弱っちいなァ。これなら分身だけで大丈夫そう。じゃ、オレはァ他の人間を殺してこようかなァ」
“念”はそう呟いて身体の向きを変え、歩きだす。しかし、その背中に思わぬ斬撃を喰らった。その斬撃の主は、朝陽だ。
彼女は“念”の分身と戦いながらも、本体に攻撃をするという、なんとも器用なことをした。
ヤツは多少驚くも、すぐに歯を見せて、恍惚と笑う。
「いやァ、随分と骨のあるヤツがいたもんだァ。お前が一番弱いかと思ってたけど、存外一番厄介かもしれないなァ」
そう言うと、“念”はもう一体自分の分身を増やし、彼女にけしかけた。
増やされた分身と朝陽の薙刀がぶつかり合う。その衝撃で、周りにあった木々がなぎ倒された。彼女はその光景に目もくれることなく、ただひたすらに分身と戦っていた。
ただ、それは他の三人も同じこと。皆、まず分身をどうにかすべく、各々戦っている。
しかし、本体を野放しにしておくこともできない。このままでは、他の村にも被害が出てしまいそうだった。
徳彦と飛希は何度か本体に火の玉のような攻撃を飛ばしているが、分身に邪魔をされて、本体に上手く当たらない。
光雅は遠隔ではなく、自分が直接本体の方へ向かおうとしているが、行こうとする度、分身に身体をガッチリと掴まれて動くことができない。
肘で何度も殴るが、まるで効いている様子がなかった。
「うんうん、これでしばらくは大丈夫そうだねェ」
“念”はそう言って、踵を返して歩き出した。ニコニコと歩いていると、“念”は何かを思い出したかのように立ち止まる。
「あ、あっちのやつら先に殺しちゃった方がいいかなァ。あーでもォ、あの結界はすぐには壊せなさそうなんだよねェ。ま、いっかァ、次のとこ行こうっと」
そう言って“念”は高く跳んで移動しようと、脚にグッと力を込める。そして少し身体を跳ね上げた瞬間、脚が何かに引っ張られ、地面に引き戻された。
強く引っ張られたため、その反動で“念”は身体を地面に強く打ち付けられる。
何が起きたのだと自分の脚を見ると、脚を掴んでいたのは朝陽だった。
「は、なんで……分身はァ!?」
そのさらに奥、自分の分身がいたはずのそこには、黒い塵のような山が、黒煙のようなものをあげて消えている様子が目に入る。
「なんでェ! お前なんかに倒せるはずないだろォ!?」
“念”は脚を掴んでいた朝陽のことを、思い切り蹴飛ばす。彼女は勢いよく飛んでいくが、空中で身体を捻らせ、薙刀を地面に突き立てて速度を落とした。
そんなことをすれば薙刀が折れてしまいそうなものだが、そこは上手く霊力を纏わせ、強化したようだ。
完全に止まると、朝陽はまっすぐに“念”を見据える。その目には怒りや恐れを感じない。ただ倒すぞという、強い意志のみを感じる。
––––あいつ、あんな強かったっけェ。まさか、強いこと隠してたァ? でも大丈夫……もっと分身を出したら、さすがに対処しきれないはずゥ……。
そう思い、“念”は五体ほど分身を出す。が、朝陽はそれらをいとも簡単に切り倒してしまった。切られた部分から、分身は黒煙をあげて消滅していった。
“念”はその光景に驚く。それまで余裕そうに笑みを浮かべていたが、さすがにそんな余裕は無くなってしまったらしい。
ヤツは後ろに三回ほど飛び退き、その度に分身を出すが、光の速さで朝陽に倒される。そして、彼女は“念”が瞬きする間もなく、迫っていく。
分身が倒される度に飛び退いて彼女から離れようとするが、それでも尚、朝陽は距離を縮めた。
“念”が速度を上げる度、それに応じて朝陽の速度も上がっていく。分身などに臆することなく突き進んで行く。
––––ああ、ばあちゃん。あたし、こんなに強くなったんだよ。
分身を倒しながら進んでいた朝陽は、ついに“念”に追いついた。まるでそれは光のようであり、追いつかれた“念”は悔しげな表情で、歯を噛み締める。
「クソがあああああ!」
そんな叫び声は彼女の耳には入らない。刃を上向きにして、“念”の心臓部に薙刀を突き刺し、心臓部から左肩にかけて切り裂いた。そこから血が溢れることはない。
その代わり、“念”は切られた箇所から塵のように消えていった。




