七十三話 言伝
八下は真澄たちの案内により、怪我人たちのいる部屋に入る。そこは、彼ですら口を抑えるほどの悲惨さだった。
部屋は血生臭く、呻き声が後を絶えない。
突然、彼が部屋に入ってきたことで、手当てをしていた晃那と雷久保の当主は、驚きのあまり手が止まってしまった。
「え、あの……どちら様……」
「八下様……だそうだ」
雄太郎が言うと、二人は驚きの声をあげる。その声で怪我人も驚いているが、そんなことをいちいち気にしていられるほどの状況でもなかった。
「ちょっと待て。どういうことだ!? だって、今まで頭部なんて……」
「悪い、説明はあとにしてくれ。とりあえず、今は怪我人をどうにかすることが最優先」
「え、どうにかできるの?」
望緒が聞くと、八下は一度黙る。全員が不思議に思っていると、彼は重々しく口を開いた。
「どうにかできないわけじゃない。けど……」
「けど?」
「傷は完全には治せないし、大怪我は治しきれる保証はない。死ぬ可能性だって、全然ある。治せてもその後病に臥せったら、俺にはどうにもできない。それは頭に入れておいてくれ」
八下がそう言うと、しばし沈黙が流れる。しかし、望緒はそれを断ち切り、真剣な顔つきでそれを受け止めた。
「じゃあ、応急処置の終わっているやつを––––」
彼が言いかけると、外から轟音が聞こえてきた。望緒が外へ様子を見にいくと、鳥居から離れた位置に、先程まで村にいた四人が戦っているのが見えた。
近くはないが、遠いとも言えない。それでも、あのような轟音が聞こえてくる。
様子を見る限りでは、とてもじゃないが余裕とは言えない。むしろ、苦戦している様子だった。
雷が、炎が“念”に仕掛けられるが、どれもこれと言って効いているようには見えなかった。のらりくらりと避けているのが、とても不気味に映った。
「朝陽さんでもどうにもできないの……?」
望緒は困惑したように、そう小さく呟いた。彼らが動く度に、微弱ながらも風がそよぐ。
このままでは、神社にまで被害が出てきてしまうのではなかろうか。
「どうしよう……」
「望緒ちゃん!」
名を呼ばれる声が聞こえ、後ろを振り返ると、真澄がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。彼女は望緒の傍まで近づくと、立ち止まって息を整える。
「あのね、八下様から言伝を頼まれたの」
「え、言伝?」
「『望緒が神社の周りに、更に結界を張れ』って……」
「え、私が!?」
自分を指さして確認すると、真澄はコクコクと頷いた。その反応に、望緒は顔から血の気が引いていくのを感じる。
まさか、まだ二人分が入るぐらいの結界しか創れない自分が、神社なんて大きな領域を覆えるほどの結界を創れるとは、とてもじゃないが思えなかった。
––––冗談じゃない! 私なんかにできるはずないのは、八下が一番わかってるはずなのに!
望緒の結界術の未熟さは、傍で見てきてくれていた八下が、最もわかっているはず。それなのに、そんな自分に頼むなんて、どうかしている。
とはいえ、八下は怪我人の治癒をしている。彼が結界を張ることなど、できるはずもなかった。
「私なんかに……」
「それともう一つ。こっちは、望緒ちゃんがもし、自分の中で無理だと判断した時に言ってくれって」
『お前が今まで経験してきたことは、決して無駄じゃない。自分で自分の可能性を潰すな』
「––––って」
「……」
それに対して、望緒は何も言わなかった。そんなこと言われても、などと思ってしまう。ただ、
––––ここで私がやらなかったら、誰がやってくれるんだろ。
雄太郎ならば、ここを覆えるほどの結界など、余裕で創れてしまうだろう。ただし、それだと、今雷久保が張っている結界と大差はない。
望緒が張るからこそ意味を成す。他とは一風変わった力を持つ彼女だからこそ、あの“念”の流れ弾を防ぐことのできる結界を張れる、八下はそう判断したということだ。
「やるしかないか……」
そう呟いた途端、彼女の顔つきは変わった。真澄はそれを見ると、安心したかのように医務室へ戻って行った。
望緒は百八十度体の向きを変え、鳥居の方を真っ直ぐ見据える。
そして、まだ余っていた札を懐から取り出し、腕をのばし、それを前に掲げた。ゆっくりと目を閉じる。
––––いつも通りでいい。大きな結界をイメージするの。みんなを守れるように。助けられるように––––。
望緒が霊力を札へ集中させると、彼女の想いに呼応するかのように、札が赤く光を放つ。辺りを優しい赤で照らし、神社上空から、徐々に結界が張られていった。
「で、できた……!」
「おー、すっげェ。なんだあれェ」
その様子を戦いながら見ていた“念”は、恍惚とした表情で結界を見つめる。そして、片手で攻撃を放ち、結界によって弾かれた。
「マジか、俺の攻撃弾いちゃったァ」
“念”は不気味に笑いながらそう言った。よそ見をしているところを、すかさず朝陽は攻撃を仕掛ける。薙刀を大きく振るうが、“念”は易々とそれを受け止めた。
受け止めた薙刀をグッと強く握り、人間とは全く違う怪力で、朝陽ごと放り投げた。
「朝陽!」
「よそ見しちゃァダメだよォ?」
自分の娘が放り投げられ、光雅は思わず彼女の名を叫んだ。その一瞬のうちに、“念”は彼の間合いに入り込む。
“念”は光雅の身体を半分にするべく、右手を大きく振るう。
彼はすぐさま雷の刀で受け止める。刀の刃により、“念”の腕が切れそうになるが、ヤツはそんなことを全く気にせず、攻撃を押し通そうとした。
それに気づいた飛希は、“念”の周りに火柱を発生させる。光雅はその隙に、刀を消滅させ、朝陽が飛ばされた方へ向かった。
「朝陽、大丈夫か!?」
どうやら朝陽は、茂みに飛ばされたようで、大事は無さそうだった。彼女はおもむろに起き上がり、痛む背中をさする。
「いててて……なんとか大丈夫……。それより、あの強さ何なの!? 今まであそこまでの強さの“念”、見たことないよ!?」
「ああ……おれもここ十数年は見てこなかったんだがな。それほどまでに“念”が集まってしまったということなんだろう」
「なんでそこまで……って、それは今どうでもいいや。アレ、どうしたらいいの?」
「人型や動物型の“念”は、どう足掻いても核を狙うしかない。……朝陽、お前がやれ」




