七十二話 恐み恐み
「やっとついた……」
望緒は息を切らしながらそう呟いた。目の前には、あの日から何も変わっていない廃神社だ。
「ねえ、八下の頭ってどこにあるの?」
『社の中のはずだ。そこから気配を感じる』
「社……って……」
この神社にある社は、倒壊した社しかない。つまり、この中に入らないと八下の頭部を取り返すことはできない。
ただ、それはかなりの危険が伴う行為。もしも中に入って、さらに崩れだしたら、帰るどころの話ではない。
「でも、行かないとなんだよね……」
『危ないから、結界を周りに張りながら中に入れ』
「あ、なるほど」
望緒はポンッと手を叩いて、納得したような反応をした。
そして、持っていた札を一枚取り出し、指で挟んで手を伸ばす。ゆっくりと瞳を閉じ、息を一つ吐いて結界を創った。
そして、目を開き、目の前にある社へと足を運ぶ。中には簡単には入れなさそうであったが、隙間を見つけて覗き込む。
すると、水色の結界に守られている何かを見つけた。目を凝らしてみると、それは確かに八下の頭部だ。
「あ、あった!」
望緒は手を伸ばしてみるが、まったく届きそうにない。社の周りをぐるぐると回っていると、彼女がギリギリ入れそうな隙間があった。怪我をしないように慎重に入る。
崩れてこないよう、大きくは歩かずに頭部の近くに寄る。
「ねえ、この結界ってどうしたらいいの?」
大きな結界ではないが、八下の頭部の周りを覆っている。これでは、取るに取れない。
『お前なら多分、すり抜けて取れるはずだ。そしたら自然に消えるから、後は放置してもらって構わない』
「わ、わかった」
恐る恐る結界に触れてみると、手は結界に触れることなくすり抜けた。望緒は頭部を手に取り持ち上げるが、思っていたよりも重く、腰が抜けそうになる。
しかし、持てない重さではないため、しっかりと腕に抱え込み、静かに社の外に出た。
「……っはあ、疲れた……」
これからが大変だというのに、もう疲れてしまった。
『ありがとう』
「うん。ねえ、戻るのはどうしたらいいの?」
『行きと同じだ。あっちの空間を想像して。望緒の大事な奴らを強く想って』
「強く……」
そう呟いて、望緒は目を閉じる。そして、あの空間を想像する。石火矢の神社、綺麗な滝に稲穂。そして、望緒を想ってくれる人たちのことを。
想像を続けていると、望緒は十数年間過ごした空間から、姿を消した。
◇
目を開けると、そこは雷久保の鳥居の前。望緒は、頭部を持ったまま、真澄がいるであろう医務室へ向かった。
医務室へ向かうと、そこには布団に寝かされている怪我人と、それを看病している雷久保の当主と晃那の姿があった。
「あ、巫女さん。真澄さんならあっちの部屋にいらっしゃいます」
晃那に言われると、望緒は急ぎ足で言われた部屋へ向かった。
部屋には真澄と雄太郎、そして桐箱が四つ置かれていた。望緒は思わず小さな声を漏らす。
「あれ……私てっきり、これから四肢を貸してもらいに行くのかとばかり……」
「私もそうなるかとばかり思っていたんだけどね。爽玖くんにも来てもらって、龗ノ龍が半ば強引に貸せって命令を……」
真澄はそう言って苦笑する。望緒はその場にいなかったが、なんとなく、闇戸がどういう雰囲気で、どういう口調で言っていたのかが、予想できてしまう。
「さっくんたちは来なかったんですか?」
「ええ。なんでも、龗ノ龍がうるさくなるからって」
望緒はそれを聞いて、なるほどと小さく呆れ気味に呟いた。八下が帰ってきた時、真っ先に騒ぎ立てるのは、恐らく彼だ。さすがに今騒ぎ立てられても面倒なだけ。
もしも、八下が帰ってきてもこの問題がどうにもならなかったその時は、こちらに来てくれるという方針だろう。
「それで、八下。私は何をしたらいい?」
『まず、陣を書いてくれ。その上に、俺の頭部や四肢を切断部と合うように置いてほしい』
望緒はわかったと返事をし、言われた通りに陣を書いて、その上に八下の切断されたそれぞれを置いた。
『それが終わったら、次は儀式。札を前に掲げて、詠唱を唱える。札はなんでもいい。最悪まっさらでも問題は無い』
「わ、わかった」
そう言って望緒は、普段結界術で使っている札を懐から取り出す。
『いいか、詠唱は一言一句間違えることは許されない。言い間違えたら一からやり直しだ。よく聞いて』
「うん」
望緒の返事と共に、八下が詠唱を言い始める。彼女もそれと同時に、詠唱を紡ぎ出す。
「懸けまくも畏き八下の大神よ。世を生み、名のみを残す御方よ。今が厄災の時となり、汝の御力必要とせしめん。世の罪穢れを清め祓え給へと、恐み恐みを申す」
彼女が詠唱を紡ぐと、陣が白くパッと眩いほどに輝く。望緒たちはあまりの眩しさに、目を閉じた。光が収まり目を開けると、望緒は思わず目を見開いた。先程まで離れていた四肢や頭部が、ピタリとくっついているではないか。
しかし、それが動くことはない。望緒は失敗でもしてしまったのかと思い、眠っている八下の顔を覗き込む。すると、彼の目がバッと開き、勢いよく起き上がった。
望緒は急な出来事に驚き、思わずよろける。彼女の横にいた真澄と雄太郎も、驚きを隠せないでいた。
「や、八下……?」
「おい、俺、生きてる!?」
「え!? え、うん。生きてる……のかな」
「よし、すぐに怪我人のとこに!」
「あ、はい。こちらです!」




