七十話 悲惨な光景
望緒と朝陽の周りに、大きな半球が現れた。それは二人を余裕で包み込める程の大きさだ。
「お、やっぱできたじゃん」
「ほ、ほんとにできちゃった……」
とはいえ、まだ二人だけ。これがもっと多い人数でかつ、いざ実践となると、今のようにできるかはわからない。
「このままやってけば、すぐに成長すると思うな」
「そう……なんですかね」
自信なさげだが、どこかできるような気もする。あんなに守られるだけだった自分が、彼らの役に立てるのだと思ったら、どこか嬉しかった。
––––このまま、やっていけば……!
◇
夜、人々はもう眠りについていて、光っているのは月と星々だけ。そんな中、男はニイと笑っている。
「やっぱり夜はいいよな。人間はみーんな夢の中。一番狙いやすい時間帯」
そう言って男は、一件の家を破壊した。
◇
「光雅さん!」
徳彦は走りながら、神社に集まっていた光雅たちを、大きな声で呼んだ。
「民衆が襲われたって……!」
「ああ、怪我人が多く出たらしい。はやく行こう」
そう言って、光雅、徳彦、朝陽そして飛希が村へ向かった。望緒もできるだけ邪魔にならない位置で、彼らを見守ることにした。
村へ着くと、そこに広がっている光景に、彼らは絶句する。
死者はいなさそうであるが、血を流して倒れている者や、痛みのあまり呻いている者が多くいた。
子どもの泣き声が耳に入るが、それを聞くのも苦痛なほどだ。
「何が起きたの、これ……」
飛希はあまりの光景に、思わずそんな言葉が漏れた。普段は天真爛漫な朝陽も、今ばかりは何も言えないで立ち尽くしている。
隣にいる光雅と徳彦も、経験したことの無い出来事で、処理しきれないでいた。
遠目から見ている望緒も、木の影からぼーっと眺めていることしかできない。というよりかは、何が起こったのかが理解できないのだ。
ここまでの被害、彼女がこの空間に来てから一度もなかった。徳彦たちもすぐに行動できていないということは、彼らもこんな悲惨な景色は目にしたことがないのだろう。
「やーっと来たァ」
彼らが立ち尽くしていると、前から一人、男が歩いてきた。
黒く短い髪に、薄気味悪い灰色の瞳。それは正しく、人型の“念”のものであった。
「待ってたんだよォ、その顔、はやく見たかったんだ」
“念”は不気味な笑みを浮かべる。
「おいおい、あんなちゃんとした人型の“念”なんか、いつぶりだ」
「わかりません。とりあえず、民間人を––––」
徳彦がそう言いかけると、“念”は目を見開き、不気味に笑ったまま彼らに襲いかかってきた。
光雅はそれを瞬時に見抜き、雷の刀をつくり、“念”の攻撃を防いだ。徳彦はすぐに飛希と朝陽に向き直り、口を開いた。
「民間人を安全な神社へ避難させて! すぐに!」
「「はい!」」
飛希と朝陽は迷わず返事をする。そして、倒れている者や子どもなどを率先して避難誘導を始めた。遠目から見ていた望緒も、木陰から出てきて、二人を手伝った。
ある程度神社に避難させると、そこからは真澄たちも手伝ってくれる。怪我人の手当てをある程度してはいるが、それが間に合わない。
もはや死人のように項垂れている者も多数いる。
「飛希たちはすぐに父さんたちのところへ行って」
「大丈夫なの? こっち」
「大丈夫だから。ここまでの被害を出せるほどの“念”なら、あの二人じゃ勝てない」
「わかった」
そう言って、飛希は朝陽と共に村は戻って行った。
望緒はどうしたらいいかわからず、ただ目の前の惨劇を呆然と見ているしかなかった。
真澄たちに言われ、ようやっと手伝いを始めたぐらいで、まだしっかりと頭は働いていないようだった。
––––何が起きたの? そもそもあの“念”は何? 今までに人型を見たことはあるけど、あんなにしっかりと大人って感じじゃなかった……。
姿を変えようとしていた“念”も、いきなり大人の形にはなろうとしていなかった。それに、石火矢で望緒がついて行ってしまった“念”も、出で立ちは子どもであった。
恐らく、人型の“念”の成長具合は、強さに直結するのだろう。
子どもであれば、強いであろうが、まだ対処できないほどでは無い。しかし、それが大人の出で立ちとなると一転、対処しきれないほどの強さになる。
望緒は怖かった。底の知れぬ存在と強さ。これだけの怪我人がいる中で、今後どうなっていくのかが、全く予想できない。
目の前で手当ての指示をしてくれている真澄も、表情は毅然としているが、どこか不安そうであった。
「どうしたらいいの……」
『望緒』
何もわからぬまま怪我の手当てをしていると、八下が声をかけてきた。
『なんか、すげえ嫌な予感がしたから話しかけたんだけど……。なんかあった?』
「わ、わかんない……なんか、“念”に襲われたって報告が来たから村見に行ったら、怪我してる人がいっぱいいて……」
望緒は震えた声で、そう説明した。目の前にいる真澄は、突然独り言のようなものを言い出した彼女のことを、不思議そうに見つめている。
八下はしばらくの沈黙のあと、
『なら、俺がそっちに行く』
「……え!?」
『望緒、お前がもし今手を離せるなら、お前が元いた空間に戻って欲しい』
「ちょ、ちょっと待って! 戻り方なんて知らないし、そもそも戻れるの……!?」
『戻れる』
「え」
『一度だけ、こっちとの行き来は可能なんだ。それが向こうからこっちへの往復なのか、こっちから向こうへの往復なのかは、その時の状況ときっかけによるんだけど』
「きっかけって……」
そこで、望緒は一つ思い出した。ここへ来てすぐ、石火矢の家へ行った時、徳彦に言われたことだ。
––––中には、元の空間に戻った子もいた。
あの時、望緒が元いた空間へ戻れることを、はっきりと言っていた。
「でも、私がちゃんとこっちに戻ってこられるかは……」
『大丈夫だ。俺の頭部を持って帰るなら、大丈夫』
望緒は一度黙り込む。自分にそんな大役が務まるとは、とてもじゃないが思えない。
しかし、彼女以外、誰も向こうの空間に行ける者はいない。あの神社に迷わず行けるのは望緒だけ。それに加え、八下の存在を知らない者を一度帰らせるわけにはいかない。
きっと、八下のことを話しても、誰も信じない。そもそも、誰も戻りたいとは思わないだろう。
なら、自分が行くしかない。
「……真澄さん、私、一度元の空間に戻ります」




