六十九話 軽くなるように
「……」
徳彦は部屋で一人、三家から送られてきた返事の手紙を読んでいる。三家と言っても、やはり風宮からは、すぐには届かなかった。
「やっぱり、すぐには集まれないかー……」
最近はどこでも“念”の出現頻度が高まっているらしく、なかなか暇という暇が取れない。それに、全ての神社が一気に空けることは難しいだろう。
「あまりいい予感はしないんだよな……」
◇
「望緒ちゃん、徳彦さんから話し合いのこと聞いたー?」
授与所に座っていると、奥から戻ってきた朝陽が話しかけてきた。
「あ、はい」
この口ぶりだと恐らく、誰が話すのかは言っていないのだろう。望緒も自分だと言うのは、あまり気が進まないし、朝陽もまさか、望緒が話すとは思っていないのだろう。
「……あの、“念”の方は、どんな感じですか?」
「ん〜、村への被害が出てるとかでは無いんだけど、度々襲われそうになってる人もいるらしいから、安心とは言えないよね」
「やっぱりそうなんですね。最近、出水や風宮でも、“念”の出現が増えてるらしいから、心配で」
この状況を打破するには、八下を元に戻すしか方法がないのかもしれない、という懸念もあった。“念”をどうにかしたい。ただ、八下の気持ちを無碍にもしたくない。
––––どうするのが正解なんだろう。
「……望緒ちゃん、今日は久しぶりに、結界術の練習しない?」
「え、結界術のですか?」
「うん。最近あたしに着いてきてもらうとかしてなかったし、それに結界を創れる範囲が広くなったら、便利でしょ?」
「それもそうですね」
そうして、二人は仕事が終わると、前と同じく道場へ向かった。
「さて、久々にやるわけだけど、できそう?」
「霊力込める練習とかは、隙間見てやってたので、多分……」
自信はないわけだが。
「じゃ、一回やってみよ! もしできなかったとしても、落ち込まなくて大丈夫だからね」
「はい……!」
望緒は札を取り出し、指で挟む。目を閉じ、霊力の流れを感じ取る。それを札目掛けて集約させる。すると、文字が赤く光った。それと同時に、望緒の周りに半透明の赤い半球が出来上がる。
おさらいでやってみたが、前よりも遥かにスムーズに結界を創れている。しばらく実践していなかったとはいえ、身体は覚えていたようだ。
「お、いいじゃん。できてるよ。あとはそれを、頑丈さはそのままで、範囲を広くできたらもう完璧!」
簡単に言ってくれるが、すぐにできることではない。広くするにしても、段階を踏まなければ、できるものもできないだろう。
望緒はうーんと唸る。
「広くするって、具体的にはどうしたらいいんですか?」
「ん〜。守る範囲を広くするって感じ? ごめん、あたし感覚でやってるから、上手いこと説明してあげらんないや」
朝陽はてへぺろとでも言いたげに笑うが、対して望緒は呆れ気味だ。彼女は感覚でできてしまうほどの天才なのか、はたまた説明できないほど長いことやっていて、それが染み付いているのか。
ただ、望緒は何となく後者だと考える。朝陽には多少の才能はありそうだが、それでも日々の努力でここまでの実力を身につけていると思った。
でなければ、特別な能力など使わずとも戦うことなどできない。その上、彼女は一人で“念”の討伐に向かうことも許されている。
「あの、私に結界術の範囲を広めるなんてこと、できないと思うんです」
「え、なんで!?」
朝陽は予想だにしていなかった返答に、思わず大声をだした。
「そもそも、私が結界術を使えるようになったのは、自分を守るイメージをしたからで……でも、範囲を広げるってことは、誰かを守るってイメージも必要ですよね? 私にはそれをする自信はないです……」
それを聞いて、朝陽は何度か目をパチパチとさせた。
「あー、そっかそっか。なるほど、そういう事ね」
朝陽は納得したように後頭部をかき、望緒に目線を合わせる。
「でもあたし、望緒ちゃんが“誰かを守る”っていう想像をできない子には思えないんだよね」
そう言われるも、望緒の顔は晴れず、むしろ怪訝そうな表情をしている。
「だって、あの時から何も変わってないなんてことないでしょ? 少なくとも、あたしの目にはそう見えるんだけどなー」
「変わる……」
望緒は不思議そうに呟く。変わっていると言われても、自分ではよくわからない。もし変わっていたとしても、気づけるはずもない。
「変わってるとは思えないです……」
「ま、そりゃそうだよねー。でも、多分変わってるよ。ね、一回でいいから、やってみない?」
朝陽は歯を見せてにこやかに笑う。望緒は手に持っている、もう一枚の札をジッと眺める。親指で弄りながら、できるのか否かを考えていた。
というよりも、やりたくないのかもしれない。もし挑戦して、できなかったらどうなるだろう。自分は他人を守る想像すらもできないと、自覚してしまうのではないだろうか。
そう思ったら、尚のことやりたくなかった。しかし、望緒は少しだけ前を見る。もしかしたら、自分が思っている以上に、結界術を初めにやった時の自分よりも、今の自分は変わっているのかもしれない。
「……あの、失敗しても……」
「笑わないし、馬鹿にもしない。それに、失敗が悪いことなんて、そんなわけないからね。今までできてなかったことが、急にできるようになったら、誰も苦労しないって」
朝陽が笑って言うのを見て、望緒は思わず顔が緩む。
そして、先程と同様、人差し指と中指で札を挟み、瞳を閉じる。
想像をしてみる。数多の攻撃から、飛希たちを守る想像を。しかし、攻撃から守るなどしたこともないので、どうしてもファンタジーじみた想像になってしまう。
「うーん」
何からどう守ればいいのか。もしかすると、自分を守る想像をした時のようにすればいいのかもしれない。
あの時は、物理的な攻撃から身を守るというよりは、周りの視線から自分を守るという想像をした。
それが、今回の鍵なのかもしれない。
飛希は、望緒が想像するよりも遥かに周りに見られてきたのだろう。髪も目も、石火矢の色を受け継がなかった。その上、“念”に蝕まれたあの瞳だ。見られないわけがない。
それが例え、悪意のある眼差しでなかったとしても、飛希には相当堪えるものがあったはずだ。
ならば、その視線から彼を守る想像をしてみてはどうか。できるかはわからない。むしろ、できない可能性の方が高い。
だが、完璧に守れなくとも、匿うという形でなら、できるのかもしれない。
––––飛希が悲しまないで生きていけるように、少しでも軽くなるように……。
望緒がそう考えた瞬間、札の文字が赤く光った。




