六十三話 火と風の子
望緒は就寝していた。真っ暗な視界にどこか明るいものを感じた。目を開けるとそこは夢の中––––ではなく、
「……精神世界」
そう気づいたのは、目の前に眩いほどの星が輝いているから。上半身を起こすと、八下の姿が見えた。
しかし、彼はいつもより離れた場所に座っており、胡座をかいたまま、右手で顔を抑えて俯いている。
何か様子がいつもと違う。何かあったのだろうか。しばし沈黙が流れるが、どれだけ経っても八下は顔を上げることも、口を開くこともしなかった。
望緒は彼が自分をここに呼んだ理由のおおよその検討はついていた。
「ゆっくりでいいよ」
その言葉に、八下はピクっと反応する。恐らくだが、『火夜』について話したかったのだろう。ここ最近の彼の様子はおかしかったから。何か話そうとしてはやめ、声をかけるだけで終わる日もあった。
それは望緒が「八下はそれでいいのか」と問いかけた日からだ。ずっと言わないできたことだったが、あの言葉で考えるところがあったのだろう。
「……」
いくら待てども、八下の口が開くことはない。いや、正確には開きはする。しかし、声が出てこないのだ。言葉に詰まっているような、そんな感じ。
––––何をどう話したらいいかがわからない……。話そうとしても、言葉が詰まって出てこない……。
何年も生きた神だというのに、こんな様など情けないと考えてしまう。
望緒は自分から声をかけるか何度も迷った。しかし、今まで自分に対して、八下含めた周りはそんなことをしていた記憶がない。皆、彼女から話し出すまで待っていてくれていた。
「あの……さ」
そんなことを考えていると、ふと八下が声を出した。その声は、どこか掠れていはいるが。
「ん?」
「闇戸は、何をどこまで話したんだ……?」
「えっとね……」
あの日、望緒が闇戸に聞いたのは、火夜が人間の子どもであること、八下はその子どもに封じられたこと、そして、火夜が風と火の子であることを聞いたということを伝えた。
「そっか……」
「あの、話し出す前に聞いちゃって申し訳ないんだけど、風と火の子……ってどういうことなの?」
「……そのままの意味だよ。それも含めて、一から説明したい」
「うん」
◇
八下は千年前に封印された。といっても、ピッタリ千年ではなく、九百数十年前だとか、そのぐらい。この空間を創ったのは、向こうの空間で人が生えてきてから数百年が経ってからだったろうか。
八下が空間を創ってからしばらくは、向こうの人間たちが来ることはなかったのだが。
彼がここを創ったのは、苦しんでいる人々を救いたかったから。この空間を創ってから数十年、この空間にも人が生まれ始めた。
八下はそれまで一人で“念”を退治していたが、こちらの人間にも手伝ってもらう方がいいと考えた。
そこで“力”を与えた。今の四家に纏わる原点だ。力を与えた後は、使い方を教えた。“念”の倒し方も教えた。
人間達は飲み込みが早かった。すぐに慣れていった。八下のことも慕っていた。
しかし、それから何年の時が経った頃か。ある日、風宮に生まれた次男と石火矢に生まれた長女が恋に落ちてしまった。
基本的に、四家同士が婚姻関係を結ぶことは許されない。それは、八下が決めたことではなく、四家の人間たちが取り決めたことであった。
だから、二人はこっそり会い、話し、笑い合い、愛し合い、時に交わることもあった。それが良くなかったのだ。
二人の間に子が宿ってしまった。長女には婚約者がいたので、皆はその相手との子だと思っていた。出産すると、男の子が生まれた。石火矢の者たちは大いに喜んだ。
しかし、成長していくに連れておかしな点がいくつかあった。まずは、見た目だ。髪も瞳も白茶色。石火矢特有の赤髪黄色目ではなかった。
そしてもう一つ、能力がおかしかった。火を操ることはできるのだが、そこにどこかそよ風のようなものが混じっているのを、当時の石火矢の当主が気づいたのだ。
「お前っ、風宮の次男と逢い引きしていたのか!」
当主は自身の娘に思い切り平手打ちをした。彼女はあまりの勢いに倒れ、赤くなった頬を抑えている。
実の娘とはいえ、規則を破り、秩序を乱した者である。当然の仕打ちと言えばそうなのかもしれない。
火夜の能力に違和感を持った当主は、こっそりと長女を尾行し、誰と会っているのかを確かめていた。そこで見てしまったのだ。風宮の次男と会っているのを。
会っているだけならまだマシだった。しかし、接吻なんてしていたら言い訳なんてできるはずもない。
四家同士の話し合い、火と風の間では怒号が飛び交い、水と雷はそれを止めるので精一杯。八下は、そもそもそんな規則があることを伝えられていなかったので、状況がわかっていなかった。
「何が、どうなってるんだ……」
怒号が聞こえ駆けつけると、そこには揉めている当主たちと、死んだ表情で俯いている火夜の父親、泣きじゃくっている火夜の母親、そしてそんな母の着物をギュッと握って泣きそうな顔をしている火夜だった。
自分の知らない間におかしな事になっていた。なんで規則を作ったことを知らせなかったのか、もしかしたらそれは自分が力を与えたからなのではないかと、そんなことをずっと考えていた。
火夜が十歳頃になった時には、彼のことを愛す者は誰もいなくなっていた。初めは八下も構っていたのだが、周りの人間たちが穢れるからと言って、遠ざけられるようになった。
火夜自身は、なぜそんなことになっているのか、全くわかっていなかった。
そんなある日、彼は図書の間へ行った。そして、そこで見つけたのだ。自分が何者なのかということとこの空間の成り立ち、そして四家の力は誰が与えたのかを––––




