六十二話 返しに
––––お前がこんな“力”を与えなきゃ、こんなことにはならなかったのに!
「––––ッ!」
八下はそこで目が覚めた。星が瞬く中、荒い呼吸を必死に整える。整え終わると、仰向けのまま右手を夜空にかざした。
「最近は見てなかったのにな……」
◇
社務所で望緒は悶々としていた。昨日真澄に言われたことが頭から離れないのだ。
「バレてたの恥ずかしすぎる……」
客がいない中、望緒は俯いて頭を抱えながら呟く。本人にバレないようにと思っているのに、どうやら顔に出てしまっているらしい。
朝陽にも真澄にもバレてしまったのだから、本人も気づいてはいないだろうかと不安になる。
「そういえば、朝陽さん大丈夫かなあ……」
朝陽は今不在だ。昨日に引き続き、“念”の退治へ向かっている。
ここ最近はよく“念”が出る。聞いたところ、こんなに出るのはこの数ヶ月ぐらいなものらしい。原因はよくわかっていないが、彼らの見立てでは、八下が現世にいないことが原因ではないかとのこと。
しかし、八下が封じられたのは千年前。ここまでよく保てたものだ。
「はあ、こんなに“念”出てて、今後大丈夫なのかな」
そんなことを呟いていると、ふとあることが思い浮かんだ。
「……あれ? 私、桐子さんに手形って返したっけ……」
手形は、風宮にいた時に桐子が貸してくれた本の貸出手形だ。返した記憶が一切ない。もしかすると、ドタバタ騒動のせいで、返していなかったのかもしれない。
「まじかあ……返しに行かないと……」
また飛希に頼もうか。
––––ダメだ、それだと凄い迷惑が……。
「あ……いや、これは別にコソコソ行く必要ないんだ。真澄さんか徳彦さんに言って、連れて行ってもらえば解決じゃん!」
そうとなれば、早く返すためにも、すぐさま彼女らの元へ向かう。徳彦は近くにいなかったため、真澄に話すことにした。
「あの、真澄さん」
「あら、望緒ちゃん。どうかした?」
「私、風宮にいた時に桐子さんから貸出手形を借りてたんです。ただ、それを多分返し忘れてて……」
「あらまあ、それは大変。すぐにでも行きましょうか。今日はそんなに忙しくないから、返すだけなら大丈夫よ。ただ……」
そこまで言うと、真澄は望緒に心配そうな目を向ける。恐らく、風宮の当主のことを気にしているのだろう。
無理もない。あんな出来事があってからでは、心配になるなという方が難しい。
「大丈夫です。あの時ほど精神的に参ってないですし」
「……そう? なら、徳彦さんに許可取らないとね。さすがに業務中に置き手紙だけ……なんてことはいけないから」
真澄はそう言って、望緒を連れて徳彦に許可取りをしに行った。彼もまた、行くことより風宮の当主たちの心配がある様子。しかし、望緒が大丈夫と何度か伝え、一応許可は降りた。
「僕はちょっと今出れないから、真澄に連れて行ってもらってね」
「え、真澄さんも使えるんですか?」
「一応ね。これ以外は特に能がないのだけれど」
真澄は「はい」と言って自らの手を差し出す。望緒がそれを取ると、二人は雷久保から姿を消した。
着いた先は、階段の上。望緒は驚いた。前に来た時は文句を言われるからと階段の下に来ていたというのに。
「ま、今回だけ特別。さ、御当主たちに見つかる前に、早く社務所に行きましょっ」
真澄は悪戯げに微笑む。彼女のこんな表情はあまり見ないから、少々新鮮だ。望緒は彼女に引っ張られ、藤花がいるであろう社務所へ行く。
「あ、こんにち––––って、え!?」
もう別の場所に行ったはずの望緒たちが目の前にいることで、藤花は驚きの声を上げる。
「ど、どうしてここに?」
「すみません、桐子さんから借りてた貸出手形、返すの忘れてて……」
それを聞いて、藤花は察したのか、桐子を呼んでくると言って二人の前から姿を消した。
数分経つと、社務所の外にいる望緒たちの元に、桐子を連れた藤花が戻ってきた。
望緒はペコペコと謝りながら、桐子に手形を手渡す。
「すみません、もう雷久保に行って二週間ぐらい経ってるのに……」
「いいのよ。むしろ、望緒さんが来るまで気づかなかった方がダメよ」
桐子はそう言って上品に笑う。その姿は藤花そっくりだ。
「それじゃあ、私たちはもうお暇しますね。ご迷惑おかけしました」
「いいえ、わざわざありがとうございました。望緒さん、また読みたい本があったり、知りたいことができたりしたときには、内緒でここにいらしてくださいね」
そう悪戯げに微笑む桐子に、望緒は笑顔で返す。そして、二人は一礼して風宮の地を後にした。
残された藤花たちは少しの間、何も言わず静かにいる。柔らかな風が吹く静寂の中、桐子は静かにため息をついた。
「……《《昨日のこと》》気にしてる?」
「ええ……」
昨日のことというのは、風宮の当主が懲りずに望緒のことをグチグチ言っていたことである。内容は、“念”が増え始めた時期と望緒がこちらへ来た時期がほぼ被っているということ。
桐子がこじつけだと言っているのに、当主は断固として認めない。彼女が来てから“念”が増えたと言って聞かない。
「もうこれに懲りて何も言わないと思っていたのに……」
そう言って、桐子はまた呆れ交じりにため息を漏らす。
「それ自体はこじつけだと思うけど、望緒さん、時々独り言を言ってたの。でも、独り言にしては会話みたいっていうか……」
「会話?」
「うん、そう。まるで誰かと話してるみたいだったの。望緒さん、一体何を隠してるのかな……」
藤花は力なさげに言う。その表情は疑念や疑心ではなく、心配しているようだった。




