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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第三章 雷
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六十一話 母は強し

「徳彦さん!」


 望緒は借家の戸を思いきり開くなり、大きな声で徳彦の名前を呼んだ。息が荒れていて、全力で走ったのだということが伺える。


「どうしたの!?」


「あの、飛希と朝陽さんが、“念”のっ、退治に行ってるんですけどっ、“念”がヒトの形になりかけててっ!」


 焦りと疲れでわけのわからない説明になってしまったが、徳彦はなんとなく察したらしく、驚きの表情をした。


「それ、どこ!?」


「村付近の林です。東の方にある……」


 そこまで言うと、徳彦は自分の草履を履いて、玄関の戸を開けた。


「ごめん、望緒ちゃん。悪いけど、案内してくれる?」


「あ……はい!」


 そして、今度は徳彦を連れて、飛希たちの元へ走っていく。道中、朝陽の父親––––名前はこう––––と出会い、徳彦は望緒から聞いた話を丸々説明すると、彼も行くと言われ、望緒は二人を連れて走った。



「二人とも!」


 望緒が叫ぶと、飛希と朝陽は振り返り、若干顔が緩んだ。自分の父親を見て、安心したのだろう。


 二人の先には、ウネウネと不気味な動きの“念”がいる。先程よりも、形が出来上がってきているような感じがする。

 戦い慣れていない望緒でも、はやく倒さなければならないということは、よくわかった。


「あれか……」


「ふむ、“念”がさらなる進化をするところは見たことがなかったな。それはそうと、はやく倒さねば」


 そう言うと、光雅は右手の平からバチバチと雷を発生させる。それに倣ったわけではないが、徳彦も手から炎を出し、それを“念”に向けた。


「『彼岸』」


 徳彦が呟くように言うと、“念”の周りを彼岸花のような炎が取り囲む。出水でも使っていた技だが、望緒が目にするのは初めてだ。

 彼女は、明るくキラキラとしている、まるで本物の彼岸花のような炎に見蕩れていた。


「綺麗……」


 炎に囲まれた“念”はたじろいでいる。上から出ようと自身の身体を伸ばすが、炎が揺らめいているため、外まで伸ばすことができない。

 そこで光雅の出番だ。彼は手のひらいっぱいに雷を出し、それを強く握りしめる。


 すると、“念”は雷と共に弾けて消えた。望緒は驚きのあまり、両手で口元を覆う。あんなにも苦戦していた敵が、彼の手によっていとも簡単に倒されたのだ。


 あまりの力量差に、飛希も驚く。彼はあまり光雅と行動を共にしたことがなかった。朝陽でも十分に強いとは思っていたが、それを遥かに凌駕する。


「あーもう!」


 と、突如朝陽が悔しそうな声を上げた。


「また父さんが最後決めちゃったー」


 彼女は口を尖らせながらそう言う。その様子はさながら不貞腐れた子供のようだ。


「お前もまだまだだな。それよりも……」


「うっ」


「お前たちだけで行くとは何事だ!」


 光雅の怒鳴り声が望緒の耳をつんざく。あまりの怒号に耳がしばらくキーンとなり、よろけた所を徳彦が受け止めてくれた。


「だ、だってさ––––」


「だってもへちまもない! 弱い“念”ならばお前だけで行っていいと言った。しかし、望緒さんから聞いたぞ。今回は『変な“念”』と書かれていたそうじゃないか! そういう時は大人に相談しろと何度言えばわかる!」


 光雅の怒りに、朝陽は口を尖らせたまま俯く。隣にいた飛希もしゅんとした顔をしていた。


「飛希もだよ。手助けをするのはいいけど、もう少し冷静な判断をしなさい」


 徳彦も怒鳴りはしないものの、声は明らかに怒っている。そして、言葉を続ける。


「望緒ちゃんまで連れ出して……」


 呆れ気味にそう呟くのを聞いた瞬間、望緒は咄嗟に否定していた。


「あっ、ち、ちが……私が行きたいって言ったんです!」


 それを聞いて、徳彦の目は丸くなる。まさか、自ら行きたいと言うなどとは思ってもみなかったからだ。彼女が積極的にそういうことを言うとは思っていなかった。ましてや、戦闘の場に行きたいなどとは。


「あの、その……け、結界術を実践したくて……」


 語尾が小さくなっていく。急に結界術などと言って笑われたりでもしたら嫌だったから。徳彦がそういう人間性ではないことは知っていたが。

 それに、自信もなかった。まだ自分を守るだけで精一杯だというのに、急に実践などと。


 言う中で、望緒はそういえば徳彦たちに結界術ができることを言っていなかったなと考える。


「望緒ちゃん、結界術できるの……?」


 徳彦は驚き混じりの小さな声でそう言った。望緒は自信なさげにこくりと一つ頷く。彼は無言のまま、しゃがんで望緒を真っ直ぐ見据えた。


「そっか……そっか、すごいね。えらいね」


 そう言って、徳彦は望緒の頭を優しく撫でた。大きくて優しい手が、彼女の頭を温める。

 望緒の顔は次第に赤くなっていく。褒められ慣れていない望緒からすれば、恥ずかしいことこの上ないのだ。


 その様子を見ていた朝陽は、優しく微笑んだ。しかし、叱られている最中だったため、光雅に何を笑っているんだ頬をつねられてしまったが。



 戸を開け、家に入ると、バタバタと真澄が走ってきた。そこで望緒は真澄があの場にいなかったことを思い出す。

 そして、真澄はと言うと、プンプンと怒っている。


「もう! 何も言わず勝手に出ていかないでよ! 心配したんだからね!?」


「ごめんね、あまりにも急だったから、ちゃんと説明してる時間なくて」


「それでもよ! 何かあってからじゃ遅いんだからね?」


 徳彦はわかってると言って、真澄の頬を撫でた。それでも彼女の怒りはおさまらず、ずっと頬を膨らませている。しばらく徳彦に宥められたあと、真澄は飛希と望緒の方に向き直る。


「二人も、無事で良かった」


 そう行って真澄は望緒と飛希を優しく抱きしめる。望緒は安堵の表情を浮かべ、身も心も温まるのを感じた。


「飛希、“アレ”について、少し話せるかい?」


「あ、うん。わかった」


 “アレ”というのは、先程の“念”のことだろう。恐らく、見るのも稀な“念”。現に飛希たちは見たことがなかった。これから何が起きるかわからないため、起きたことを話さねばならないのだろう。


 望緒は徳彦と共に別室に行く飛希の背中を、無意識に追っていた。すると、真澄が穏やかに微笑み、話しかけて来た。


「ねえ望緒ちゃん、飛希のこと好き?」


「え」


 一瞬、時が止まったように感じた。望緒は言葉に詰まる。


 ––––どういう意味の『好き』? 気持ちバレてる? 見透かされてた? 返答によっては引かれるかもしれない。なんて返したら……。


 など、考えることが尽きない。巫女をしているとはいえ、居候の身が跡継ぎの息子を好きになるなど、どう思われてしまうだろうか。嫌われないだろうかと考えると、恐ろしくてたまらない。


「……ふふ」


 望緒が変な汗をかきながら黙っていると、真澄は口元を軽く抑え、笑った。


「ごめんなさい、そこまで困らせる気はなかったの。ただ、望緒ちゃんが飛希のことを好きになってくれてるなら、それは凄く嬉しいことだなって」


「いつ……どうして……?」


「いつかぁ、いつだったかしら。それはあまり覚えてないけど、飛希と話してる時の望緒ちゃん、照れてるというか、愛おしそうな目というか……そんな感じだったから、もしかしたらなあって。違ったかしら?」


 真澄の問いに、望緒は俯きがちに首を横に振った。『好き』だということが合っている上に、ここまで見透かされてしまっていたら、否定のしようがない。


「ごめんなさい、私なんかが……」


 望緒が小さく言うと、真澄は真剣な顔で否定した。


「そんなこと言わないで。あなたが誰を好きになろうと、それはあなたの自由よ。飛希がどう思ってるかは、私にはちょっとわからないけど、少なくとも好いたらダメなんてこと無いからね」


 そう言って真澄は、優しく頭を撫でてくれた。

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