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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第三章 雷
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六十話 人になりきれぬ

「っはあ……」


 望緒が肩を脱力させ、大きく息を吐くと、周りの結界は消えていった。

 今は仕事が終わり、朝陽に結界術を見てもらっている最中だ。


「うん、結構維持できるようになったね。こんな感じなら、戦闘中でも自分で張っていられそう」


「ほんとですか!」


 朝陽に言われると、望緒の表情はパアッと晴れやかになる。


 八下と精神世界で話してから一週間程が経っただろうか。あれから、彼に呼び出されることは無かった。しかし、望緒が呼びかければ答えてはくれるが、空気がどことなくぎこちない。


 ––––せっかく仲直りできたと思ったのになあ……。


 そんなことを考えるが、向こうが呼んでくれない以上、話は進まない。

 朝陽はそんな望緒の様子に首を傾げる。急に表情が暗くなったのだから、そんな反応をするのもおかしくはない。


 望緒はそのおかしな状況に気がつき、パッと顔を上げた。


「す、すみません。ちょっと、ちゃんとできるか不安になっちゃってました」


 嘘ではないが、本当でもないことを咄嗟に口に出した。しかし、そんな様子の彼女にも、朝陽は明るい笑顔を向ける。


「大丈夫! なんかあったら、あたしが守るし。それに、これは完全なる勘だけど、望緒ちゃんはすぐに本番もできちゃう気がするなあ」


 望緒は目をぱちくりとさせる。自分にはそんな技量も精神面も持ち合わせていないと自負しているからだ。

 朝陽は自分を持ち上げすぎだ、そう考える。


 と、そんな時、戸の外から鳩の声が聞こえてきた。二人が戸を開けると、そこには脚に一通の文が結ばれた鳩が。


「また出たんですか……“念”」


 前に“念”が現れてから、大して間もない。石火矢はもちろん、出水でも風宮でも、ここまでの頻度で現れてはいなかった。


「また村付近の林に“念”が出たって。ちょうどいいや、望緒ちゃん、結界術の実践といこうか」


「え!? できるかな……」


「大丈夫、何かあったらあたしがすぐに結界術出すから。あ、でもあんまり連れ回すと、真澄さんたちに怒られちゃうかも……」


「なら僕も行くよ」


 朝陽の後ろから声をかけてきたのは、飛希だ。いつからいたのか、望緒たちは全く気づいていなかった。


「飛希? どうしてここに……」


「母さんから、望緒を迎えに行くよう言われてね。そしたら話が聞こえてきたから」


 自分も話題に入ったということだ。

 朝陽にしても、この提案はありがたいものだった。なにせ、文には普段と違うことが書かれていたのだから。


「今回の“念”、様子がおかしいみたい。急いで書いたっぽくて、詳しいことは書かれていないんだけど」


「そっか、なら早く行こう。被害が拡大したら大変だ」


 望緒と朝陽は一つ頷き、三人で村の方へ走っていった。

 村に着くと、数人の村人から話を聞く。どうやら、“念”は今まで見たことのないような動きをしていたらしい。本来は炎のように揺らめくだけなのだが、今回はどこか動きが不自然だったとの目撃情報だ。


 三人はどういうことだと疑問に思いながらも、“念”が現れたという林へ向かう。


「ちょっと、何あれ……」


 林へたどり着くと、真っ先に視界に入ったのは、“念”の姿。大きくうねうねとうごめき、人の形になりきれていないような、不気味な姿になっている。


「あんな“念”、今まで見たことないよ……」


 飛希も朝陽と同様、驚いている。これは、子どもだけでくるべきではなかったのではないかと、少し後悔をする。


「望緒ちゃん、もし、もしもだよ? あたしたちに何かあったら、すぐに逃げて。それで父さんとか爺ちゃんとか、大人に駆けつけてもらって」


「……!」


 望緒は彼女の言葉に顔を歪める。最悪の想定だ。しかし、起こらないとも限らないこと。望緒は「嫌だ」と言いたいのをグッと堪え、苦々しげに首を縦に振った。


 望緒は懐から札を一枚取り出し、先に霊力を込める。すると、練習の成果が出た。今まで以上に綺麗で頑丈な半球の結界が完成した。

 その様子に朝陽はニッと歯を見せ笑い、飛希も嬉しそうに華やいだ表情を見せる。


 それに望緒もフッと軽く微笑む。そして、二人は“念”の方に向き直った。飛希は攻撃の構えをし、朝陽は虚空から薙刀を取り出した。


 飛希が手から炎を出し、それを地面に這わせて“念”に攻撃する。“念”はその場から大して動かず、攻撃された箇所のみ不可解な動きで避けた。


 それを見た瞬間、朝陽は雷と共に“念”の目の前まで行き、薙刀を左から右へ大きく振った。しかし、ヤツは飛希が攻撃した時と同じく、その場から動くことなく、炎のような身体だけうねらせて避ける。


 朝陽がその動きに驚く間もなく、“念”は人の頭のような部分を伸ばし、朝陽に襲いかかる。

 しかし、飛希が襟元を強く掴み、自分と共に後ろへ大きく退いた。


 ––––なんだろう、あの動き。まるで変化の最中みたいな……。


「……八下」


『……どうかした?』


「今、目の前に見たことない動きする“念”がいるの。うねうねしてて、人の形になりそうっていうか……なんか、気持ち悪い」


『……! 今、お前一人か!?』


「ううん。戦ってるのを結界の中から見てるって感じ……」


『そっか……。それは多分、今まさに《《変化の最中》》の“念”だ』


「変化の最中……?」


 望緒は言っている意味がわからず、八下に言われたことを復唱する。


『その“念”は放置すれば、そう経たないうちに強力な“念”になる。人に似た形ということは、それがそいつの次の姿だ』


「そんな……! 止めるにはどうしたらいいの!?」


『倒すしか方法はない』


 その言葉に、望緒は目を見開き、すぐに閉じる。わかってはいた。どちらにせよ、“念”は全て倒さなければならないのだから。

 しかし、今目の前の状況はどうか。飛希と朝陽は苦戦している様子。こんな状態で倒せるとは、とてもじゃないが思えない。


 そして、自分は今、安全な場所からそれを見ているだけ。望緒はそんな自分の姿を想像して、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 ––––また何もできないとか……!


 そう思いながら、望緒はおもむろに立ち上がる。二人の方をじっと見据え、大きく口を開いた。


「大人呼んでくるから、それまで持ち堪えてて!」


 望緒の叫びに、二人は同時に驚きながら振り向く。そんな二人に対し、彼女はニッと笑ってみせた。

 自分だけではどうにもできないと判断したのだ。しかし、大人を頼ろうとしているだけでも、望緒にとっては大きな一歩であろう。


「朝陽さん、望緒が結界を解いたら、守るよう徹してください! “念”は背を向けて逃げる人間を襲いがちだから……!」


「了解!」


 望緒は大きく二回ほど深呼吸をする。結界を解いたらすぐ、神社へ走らねばならない。“念”に攻撃されないよう、すぐに。


 彼女は最後に息をフッと吐くと、結界をサッと解く。それと同時に後ろに振り向き、全力で走り出した。“念”は望緒を攻撃しようと、自身の身体の一部を鋭いモノに変え、それを彼女に飛ばそうとした。


 しかし、朝陽によって遮られる。一瞬でそれを薙刀で切った。望緒は後ろで何が起きているのか気になりつつ、しかし、走るために後ろを振り返ることはしない。


「はやく……はやく徳彦さんたち呼んでこないと!」

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