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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第三章 雷
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五十九話 守れるように

「あの、一回やってみてもいいですか!」


 望緒は思わず口に出す。いきなりできるわけないとは思いつつも、やってみたいと思った。

 朝陽は驚きの表情を見せるが、すぐに平常に戻り、わかったと頷いた。


 望緒は先程朝陽にもらった札を一枚手に取った。それをいつもの様に、人差し指と中指で挟み込み、目を閉じる。


 暗闇の中で、彼女は霊力の流れを掴んで移動させる。そして、想像をした––––幼い自分を守る想像を。


 ––––多分、私はまだ()()を守る想像はできない。自分も守れないような人間が、他人を守るだなんて、できるわけないもん。


 ただ、今はそれでいい。これが最善だ。一歩ですら踏み込めないような人間が、その先に進むことなんて甚だ出来るはずもないのだから。


 そう考えながら霊力を流し込むと、札の文字が赤く光る。また別の想像をする。おぞましいほどの冷たい視線の雨から、自分で自分を守る想像を。

 するとその時、望緒の周りに赤く透明な半球が現れた––––結界だ。


 望緒は目を開ける。自分でも驚いていた。本当にできるなんて思ってもいなかったから。


「……す、すごい! すごいよ、望緒ちゃん!」


 朝陽がキラキラとした目で喜ぶ。今にもだきつきそうな勢いだが、必死に抑えている。


「しかも半球だよ!? 初めはほんとに“壁!”って感じの人が多いのに、いきなり半球だなんて! もう天才!」


 望緒は慣れない褒めに照れくさそうにする。すると、結界がシャボン玉のように崩れてしまった。気が緩んでしまったのだろう。


「割れちゃった……」


「気緩むと意外とすぐに割れちゃうんだよね、これ。だから、実践する時は結構集中してないとなの」


「そうなんですね……」


 望緒は果たして自分がこれを維持できるのか、とても不安になる。なにせ、人生で一度も霊力というものを扱ったことがないのだから。


「でも、できたってだけで大きな進歩だよ。この調子でやってこ」


「はい……!」



 ––––そういえば、あの時以来、八下が自分から声かけることってないな。あの時は偶然だったのかな?


 望緒は部屋で寝る準備をしながら、ふとそんなことを考えた。

 あの時、八下は「嫌な予感がして」と言っていた。何度も声をかけていたから、話すことができたのだろうか。


「わかんないなあ……」


 そんなことをつぶやきながら、望緒は布団に入って目を閉じた。



「ん……あれ……」


 目を開けると、そこは白い空間。八下の精神世界だ。

 望緒は体を起き上がらせる。すぐ先に八下がいるのだが、俯いてボーッとしていて、望緒が起きたことには気がついていない様子だった。


 その瞳はどこか虚ろで、今まで共に過ごしてきて、こんな表情をした八下は見たこともなく、望緒は少しばかり目を見開いた。


「……八下?」


 望緒が名を呼ぶと、八下は焦ったようにパッと顔を上げた。


「あ、ああ……望緒。起きたのか」


「うん、ついさっきね。……どうかした?」


「いや、なんでもないよ」


 嘘、望緒はそう思うが、口には出さなかった。言いたくないのなら、無理に言わせる必要はない。


「ちょっと聞きたいんだけどさ」


「ん?」


「望緒はなんで俺が、人間のせいで戻りたくないってわかったの?」


「え……。あ」


 一瞬何を言っているのかわからなかったが、すぐに思い出した。

 たしかに、望緒は自身の“念”に覆われる直前に言った。


「えっと……」


 望緒は言うのを躊躇った。本を読んでいたことは、八下に無闇に話さないと決めていたから。しかし、それは何の為だったか。


 元は、勝手に八下やこの空間について調べていることを彼に知られたら、もう二度と話せなくなるかもしれないという不安があったから。だが、今本人に聞かれている以上、隠す必要性は特に感じない。


 むしろ、ここで話さない方が不自然である。


「……あのね、なんで勝手にって思われるかもしれないけど、私、この空間のこと知りたくて、それで八下のこともだんだんと知っていったの。八下が戻りたくない理由を知ったのは成り行き……みたいな」


 望緒が話終わると、しばし沈黙が流れる。彼女は、やはり話すのは良くなかっただろうかと考えつつも、八下の返事を待つ。


「そっかそっか、だから俺に親がいるかどうかも聞いてきたのか」


 望緒はその言葉で心臓が跳ねる。バレていた……と言うよりは、かすかに勘づかれていたのだろう。上手く誤魔化しきれてはいなかったようだ。


「ご、ごめんね。勝手に調べちゃって」


「謝ることねえよ。そりゃ、俺何も話さないもんな。知りたくもなるよ」


 怒ってはいないが、喜んでもいない。無理もないだろう。八下は話したくないから話さなかった。それなのに、望緒は調べた。正確に言えば、調べている際に知ってしまったという方が正しい気もするが。


 ––––どうしたら良かったんだろう。調べなきゃ良かったかな……。


 そもそも、隠さなければ良かったのかもしれない。が、あの時言っていたところで、結果は恐らく変わらない。


「……ごめんな、変な空気にさせちゃった。今日はもう––––」


「今日ね、出水に行ったの」


「は……」


 言わない方がいいこと、言わなくてもいいこと。それでも望緒は続ける。


「それで、闇戸に聞いたの。……ねえ、火夜かやって、誰?」


「……!」


 八下は酷く驚いた顔をしていた。なぜその名前を……とでも言いたげな顔。

 それと同時に、人間のせいで戻りたくないと発言したのは、その名を知ったことが原因だろうということも考える。


「……話したくないって言ったら?」


「別に、それなら私はいいけど、八下は? ずっと話さないままでいいの?」


「……」


 八下は何も答えようとしてくれない。俯いたまま。


 話したくないのは、単に思い出したくないからというのが大きいのだろうが、戻りたくないわけではないはず。

 そうでなければ、望緒を自身の精神世界に呼ぶはずがない。


 どうしたら言ってくれるだろうと考えても、答えは全く見つからなかった。


「……私ね、結界術、ちょっとだけだけどできたんだよ」


「……」


 何も言わないが、少しばかり目を見開いたような気がする。


 望緒に突如眠気が襲ってきた。もうすぐ目を覚ます頃だ。彼女は眠たいながらも、次の言葉を紡ぐ。


「誰かを、守れるようになり始めてるの……。だから、八下も––––」


 そこまで言って、望緒の瞳は完全に閉じられた。八下は彼女の言葉の意味を、何となくだが理解した。


「……はは、守ってくれるってか? 俺のことも……」

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