五十七話 封じた者
夜、望緒は布団に入り、昼間考えたことをもう一度考えてみる。
望緒の予想が正しければ、八下を封印したのはあの火夜という人間。
「でも、それを確認するには八下に訊くしか方法は……」
そう口にし、目を閉じかけた瞬間、一つの案が思い浮かんだ。
「闇戸に訊いてみる……?」
案としてはナシではない。ただ、訊いたとて答えてくれるかは定かではない。あの時も話を中断させられたぐらいだ。もしかすると、答えてはくれないかもしれない。
しかし、訊いてみないことには始まらない。出水に行く価値は十分にある。
「……飛希、もう寝ちゃったかな」
真澄たちに言うと、ややこしくなってしまう。だから、爽玖と千夏がやったように、バレないように向こうに行ってしまう。それが最善策だと思った。
しかし、望緒は瞬間移動の方法を知らない。飛希なら知っているかと考えたが、肝心の彼は寝てしまっているかもしれない。
「……行くだけ行ってみるか」
望緒は布団から出て、暗い廊下を歩いて飛希の部屋へ行く。
◇
部屋の前へ着いた。蝋燭が付いている様子はない。これはもう寝てしまっているかもしれない。
––––とりあえず、呼んでみよう。
「飛希〜」
望緒は普段より小さめの声で彼の名を呼ぶ。すると、意外なことに返事が聞こえてきた。
襖を開けると、飛希は布団の上に座っている。布団を被っているから、寝るところだったのだろう。
「あ、ごめんね。寝るとこだった?」
「まあね。どうしたの? また寝れない?」
「ううん、そうじゃなくてね。ちょっと相談というか……」
望緒が言うと、飛希は首を傾げる。
「相談?」
「うん。あのね、明日出水に行きたいの。できれば、真澄さんたちにバレずに……」
話を聞いていた飛希はふふっと笑う。望緒はどこに笑う要素があったのかと不思議に思った。
「いや、ごめんね。今度は僕らが内緒で出水に行くのかと思って」
「あはは、たしかに」
「でも急にどうしたの?」
「あ、えっと……」
千夏たちに会いたいからと嘘をついてしまおうか。その気がないのかと問われれば、そういうわけではないのだが、どこか八下のことを素直に言うのは気が引ける。
しかし、飛希に嘘をつきたくもなかった。どうせ闇戸に訊くのなら、飛希もついてくるだろうし、もういっそ素直に言ってしまおうと彼女は考えた。
「あのね、闇戸に八下のことを訊きたいの」
「八下様のこと?」
「そう」
望緒は風宮で見た文献のこと、それについて書かれていた文字と自分の見解、そして闇戸が過去に言っていた発言についてを、事細かに話した。
「なるほど。わかった、行こうか」
「え、ほんと? いいの?」
「うん、なにか解決の糸口が見つかるかもしれないなら、協力を惜しむ理由はないよ」
「ありがとう」
「じゃあ、明日はいつもよりはやく起きないとね。爽玖は毎朝龗ノ龍が祀られている祠に行くから、それを狙って行こうか」
「うん!」
◇
翌朝、望緒は予定通り、いつもより早い時間に起きる。寝ぼけながら布団を片付け、巫女服に着替える。髪も結い、部屋を出て静かに襖を閉める。
すると、ちょうど飛希が彼女の元へ歩いてきた。
「おはよう、ちゃんと起きれたんだね」
こう言っているということは、飛希は望緒を起こすつもりで来たのだろう。
「起きれる自信なかったんだけどね。起きれたよ」
「それは良かった。行こうか」
そう言って飛希は自身の右手を差し伸べる。望緒は心臓が跳ねたのを感じながらもその手を取った。その瞬間、辺りの景色は大きく変わった。
鬱蒼とした木々の中に立っていた。滝の音が聞こえてくるから、ここは出水の神社の敷地内なのだろう。
「あっちだね」
飛希は望緒の手を繋いだまま、歩き始める。望緒は鼓動がはやいのを気取られまいと必死に抑えようとする。こんなことで照れている自分に嫌悪感を抱こうとするが、もはやそんなことも考えていられなさそうだ。
「あ、いた」
飛希が呟いたのを聞いて、ようやっと意識が現実へ向く。見えたのは、爽玖が料理を運んで祠の方へ歩いていく姿だった。その姿は随分と神職らしい。
周りをキョロキョロと確認するが、爽玖意外の姿は特に見えなかった。
「よし、行こう」
飛希の合図を皮切りに、二人は足音を忍ばせて爽玖の元へ行く。
「爽玖」
名前を呼ばれると、爽玖はパッと後ろを振り返った。飛希と望緒の姿を見るなり、驚きの声を上げる。
「え!? 飛希に望緒!?」
「「しー!」」
二人が同時に言うと、爽玖はあっと言う風に慌てて口を抑えた。
「それで、何の用なん? ただ会いに来た……ってわけじゃないやろ」
「よくわかったね。ちょっと八下のことで闇戸に聞きたいことがあるの」
「闇戸に?」
『なんだ』
話していると、瀧の方から闇戸の声が聞こえてきた。どうやら、爽玖がこの神社にいる時は、ここから声が聞こえるらしい。どういう仕組みなのだろうか。
「前に闇戸が八下を封じたのは人間だって話したじゃん?」
『それがどうした。誰かは答えんぞ』
「あのさ、その人火に夜って書いた名前だったりする?」
『……!』
何も言葉には発さなかったが、なんとなく空気でわかる。これは図星だ。望緒は気にすることなく話を続ける。
「風宮の神社で文献を見たの。漢文だったから全部はわかんなかったけど、文脈的に、火夜が名前なんじゃないかって……」
隣で話を聞いていた爽玖も目を見開いた。まさかそんなことを知ったとは思ってもみなかったからだ。
闇戸はしばし黙った末、一つため息をついて話し出す。
『そのことを八下には』
「まだ話してないよ」
するとまた一つため息をついてみせる。
『それは火夜と読む。察しの通り、八下を封じた人間だ。……子供だがな』
子ども、その単語を聞いて三人は驚いた。
「まっ、て、どういうことや? 子どもって、子どもが神を封じれるとでも言うんか?」
先に口を出したのは爽玖だった。望緒もまさか子供だとは思っていなかった。神を封じたのだ。まだ未熟であるはずの子供が。
『我もまさかあんな稚児に封じられるとは思っていなかったさ。ましてや一人でなど』
「……何があったの。その時に」
『八下から聞け』
「話してくれないんだもん」
『……』
闇戸は何も言ってくれない。これは断固として答えてくれないということだろう。望緒はしゅんとした顔で俯くが、すぐに顔を上げて彼に質問をする。
「なら、これだけ教えて。その火夜って何者なの?」
『四家に生まれた子供さ––––風と火のな』




