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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第三章 雷
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五十五話 雷鳴の如く

「あ、望緒ちゃん! おはよう!」


 望緒が社務所へ入ると、朝陽が元気な声で挨拶をしてきた。望緒は驚きつつも、挨拶を返す。


「おはようございます。こんなに朝早いのに、お元気ですね……」


 望緒にはまだ眠気が残っている。数ヶ月間早起きしているが、未だに慣れない。起きるのが早すぎるのだ。


「あたし、朝に強いんだよね! まさに、名は体をあらわすってやつ!」


「はは……」


 あまりの元気さに、苦笑いしかできない。それに、望緒はこの雷久保について、疑問に思っていることがあった。


「あの、ここって男性は……」


「ああ、私一人っ子なの。お母さん、身体が弱くてさ、私を産むのでギリギリだったんだよね。だから、跡継ぎいないの」


「え、それってどうなるんですか?」


「婿養子になってもらって、その人が跡継ぎ」


「へえ……。でも大変ですね、それを受け入れてくれる人探さなきゃいけなくないですか?」


「え?」


「えっ」


 朝陽の疑問の声に、思わず声が出る。自分が何かおかしなことを言ってしまったかと心配になる。


「あ、あたし婚約者いるよ」


「えぇ!?」


 まさかの回答だった。朝陽はまだ若い。望緒と対して歳の差はないだろう。それなのにもう婚約者がいるという。


「爽玖くんも日向くんもいるよ? 藤花ちゃんは多分当主がめちゃくちゃ選別してるだろうし……千夏ちゃんは、本人が駄々こねてる真っ最中だったかな?」


「えぇぇ!?」


「飛希くんはいないんだけどね。まあいない方が珍しいよねってぐらい」


「そ、そうなんですね……」


 望緒はあまりの衝撃にそんな簡単な返ししかできなかった。


 爽玖からも千夏からも、婚約者等の話は一度も聞いたことがない。話す必要が無かったと言われればそれまでなのだが、それでも何かしら知りたかったと思う。


 ––––藤花さんの婚約者が風宮の当主(あの人)に決められてるんなら、多分日向さんの婚約者も決めたんだろうな。


 所謂、政略結婚というやつ。前に藤花も言っていたが、望緒にとっては全く身近でないそれは、あまりに衝撃的だった。


 ––––ていうか、飛希いないんだ……。


 彼女はどこかで安心感を覚えていた。と同時に、安心感を覚える自分に対する嫌悪感も抱いていた。


 そんな時、望緒たちが座っている向こう側に、鳩が止まった。片脚には紙が巻き付けられている。恐らく、“念”が出現したことを知らせるものだろう。

 朝陽はその文を鳩の脚から外して読む。


「村の周辺に“念”が出たんだって。私行ってくるけど、望緒ちゃんどうする?」


「え、どうするって……? というより、ご当主たちに伝えなくていいんですか!?」


「うん、だって弱い“念”だし。望緒ちゃん結界術使える?」


「いや、今練習中で……自分を守るのもちょっと……」


 それを聞いた朝陽は、ニッと笑う。


「なら、あたしが守ったげる! 着いてきて!」


 望緒は差し伸べられた手を取る。その際気づいたのは、朝陽の手にはタコができているということだ。術を使うだけなら、手にタコができるということはないはずなのだが。


 しかし、望緒は長いこと考える暇もなく、朝陽に引っ張られていく。


「父さん、ちょっと“念”倒してくる!」


「おー行ってらっしゃい」


 ––––()()()()!? それでお父さんもそんな軽々と行かせるの!?



 村付近に着くと、村人数人がこぞって朝陽の元へ駆け寄る。


「朝陽さん! よかった、来てくれて。文にも書いた通りですが、小さい“念”が現れまして」


「怪我人は?」


「大丈夫です」


「よし、望緒ちゃん、行こ!」


 そしてまた朝陽は望緒の手を引っ張る。



「お、あれだあれ」


 朝陽と望緒は木陰に隠れながら、“念”の様子を伺っている。今の状況に対し、望緒は出水で初めて千夏たちの戦いを見た時のことを思い出していた。


 “念”は一体。先程朝陽も言っていたが、出現した“念”は弱いと言っていた。それは望緒から見てもよくわかる。見た目が人魂だからというのもあるが、最近は相手の霊力量などを見分けられるようになってきたからだ。


 こちらの空間に来てから、自分がどれだけ変わっているかが伺える。


「さて、じゃあ望緒ちゃんの周りに結界張って、ちゃっちゃと倒しに行っちゃいますかな」


 そういって朝陽は立ち上がり、札を一枚取り出した。瞳を閉じ、霊力を集中させると、札の文字が黄色く輝く。そして、望緒の周りにじわじわと半球の黄色い膜のようなものが現れた。


 これが、望緒が習得中の『結界術』である。望緒はまだ霊力を札に集中させるのが精一杯で、ここまで綺麗な結界は造ることができない。

 人差し指で叩いてみると、薄いように見えるそれは、硬く頑丈だということがわかる。


「そこにちゃんといてね。そんで、あたしの戦い、ちょっと見てて!」


「あ、はい。お気をつけて……」


 望緒が言うと、朝陽はニッと笑って“念”の前に堂々と姿を現した。望緒はその様子を見てギョッとする。果たして、敵を目の前にしてあんなに堂々と近寄る者がいるだろうか。


 案の定、“念”は目の前に現れた無防備な人間を格好の餌食だと言わんばかりに突っ込んで行った。

 朝陽は動かない。“念”が彼女の間合いに入ったその瞬間––––


 朝陽はいつの間にか戦闘態勢に入っており、その手には薙刀が握られていた。そして、“念”が間合いに入ったと同時に薙刀を大きく振る。しかし、“念”はすんでのところで後ろに一歩退いた。


「お、弱いけど知性はちょっとある感じ?」


 避けられたことに動揺したりはしなかった。至って冷静だ。朝陽はもう何度か薙刀を振り、“念”に切りかかる。“念”はいずれもギリギリといったところで避けている。


 だが、どこか焦っている様子だ。なぜなら、朝陽は次の攻撃の段階に入るのが、圧倒的に速い。切りかかったら次、また切りかかったらまた攻撃といった具合。まさに雷鳴の如き速さで“念”に攻撃を仕掛けている。


 “念”は焦っているのか、自身の周りに灰色の鋭い氷柱のようなものを出す。それらは朝陽に向かって突撃してくるが、彼女の目の前で雷と共に弾けて消えた。


 “念”はもちろん、それを見ていた望緒にも何が起きたかわからなかった。“念”は焦り、向きを百八十度回転させ、猛スピードで逃げる。

 朝陽はそれでも焦らない。“念”の姿が小さくなりかけたところで、地面を踏みしめ、雷と共に目にも止まらぬ速さで“念”のすぐ後ろまで追いついた。


 そして、またも薙刀を大きく振りかぶり、“念”を上から下へ縦一文字に切り裂いた。奴は切られたところから火が吹き消されるように消滅していった。


「……ふう、終わり終わり」


 朝陽は薙刀を肩にかけ、望緒の元へ戻る。薙刀を持っていない左手を結界の目の前に掲げ、右から左へ薙ぐようにサッと動かした。すると、造っていた結界は、瞬く間に消えていった。


「ね、望緒ちゃん、あたしの戦いどうだった? あ、弱い“念”だったのにちょっと手こずったのは言わないで!」


「いや、なんかもうそんなの気にすることもできないぐらい凄かったです……」


 望緒は圧倒されていた。今まで出会った人達の中で、あのような戦い方をする者は誰一人としていなかったからだ。皆、自分たちの能力のみで戦っていた。一部例外はあったが。


「えへへ、ほんと? なんかうれしー」


 朝陽は照れくさそうに頬をかく。そして、座り込んでいた望緒の手を取り、立ち上がらせた。


「じゃ、村の人たちに報告しに行こうか」


「あ、はい!」

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