五十三話 仲直り
望緒たちは自分の荷物をまとめ、風宮の神社へと挨拶へ赴いた。
「世話になったな」
「いえ、そんな。こちらとしても助かりました」
雄太郎の礼に対し、桐子はにこやかに返事をした。藤花は少し寂しそうな表情をしている。日向は相も変わらず無表情である。
その後ろで、風宮の当主たちは気まずそうに立っていた。
「気を改めろよ」
「……」
風宮の当主は何も返すことはなかった。ただ嫌そうな顔をして立っている。
「藤花さん、あの、色々お世話になりました」
望緒は恥ずかしそうに言ったあと、深々と頭を下げた。藤花はそんな彼女に顔を上げさせるよう言う。
「こちらこそありがとうございます。望緒さんのおかげで、自分の中の何かが変わった気がします。しばらく会えないと思いますが、お互い元気にやりましょうね」
藤花は花が咲くような優しい笑顔でそう言った。それは疲れていた望緒には沁みたようで、少し涙目になる。
その横で、飛希は日向に挨拶をしていた。
「僕も色々お世話になっちゃって、ありがとうごさいました」
「……ふふ」
「えっ、なんで笑うんですか!?」
「ああ、いやすみません。前に会った時とは随分と変わっていらしたので。今の方がいいと思いますよ。こちらこそ、ありがとうございました」
何の恥ずかしげもなく言う日向に対し、飛希は気恥しそうに頬をかく。今の自分と昔の自分は、そんなに思うほど違っていたのかと思うと、途端に恥ずかしくなった。
「望緒さんのおかげかもしれませんね」
「……はい、彼女には色々救われた気がします」
「そんな彼女をあなたが救った。御伽噺みたいで素敵ですね。これからも飛希くんたちが仲良くやっていけることを祈っています」
「ありがとうございます。日向さんたちも、これから色々大変かと思いますが、お元気で」
日向は困ったように、でもにこやかに笑いながら、「はい」と返事をした。
初めに来た時は随分と会話も少なかったが、今はどこか打ち解けたような様子だった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
徳彦が言うと、望緒も飛希も再度お礼を言い、家族の方へ戻る。そして手を振り、石火矢へと戻った。
静かになった風宮の神社には、優しい風がそよそよと吹く。花を揺らし、花びらを散らせている。
そんな中、桐子が振り返り、後ろにいた二人に声をかける。
「さ、仕事に戻りましょうか」
◇
石火矢に戻った五人は、家につくなり大きく息を吐いた。
「疲れたな」
「本当に。でもこれから仕事しなきゃだし、ていうか、雷久保に返事しなきゃ」
そんなことを言いながら、各々荷物を片付けるために自室へ戻る。
望緒は部屋につくなり畳の上に寝そべった。天井を見ながらボーッとしている。
「––––片付けないと」
重い体を起こし、風呂敷に詰めていた着替え等を出す。洗濯をしてもらう為に使用人に渡し、本人は仕事のために新しい巫女服に着替えた。
その間も彼女はなにか考え事をしている様子であった。
自室から出て、玄関で真澄達を待っている。一分と経たず彼らが来たので、一緒に神社へ向かった。神社ではいつも通りの仕事をしていた。参拝客に御守りを渡し、必要があれば御朱印を書く。そんないつもと変わらない生活。
今も客に御朱印を書いている最中だ。
「おや望緒ちゃん、上手になったんじゃないかい?」
御朱印帳の持ち主である初老の男性がふいに話しかける。望緒は嬉しさと気恥しさが同時に込み上げてきた。
書き終わるとその男性は軽く一礼して去っていった。望緒はまた御守りの授与所の方へ戻り、次の客が来るのを待つ。そんな時、飛希が彼女の元へやってきた。
「調子はどう?」
「あ、飛希。全然平気だよ。むしろ前より元気、なんちゃって」
「それは良かった。ただなんか朝から考え事してるように見えたから」
望緒の心臓が跳ね上がる。図星だからだ。
「なんでわかったの?」
「顔見てたらなんとなくね」
飛希はそう言って微笑む。望緒は少し考えてから口を開いた。
「––––あのね、私、八下に酷いこと言っちゃったって言ったじゃん? その……都合いいけど、謝りたいなって思って……」
「謝れないの?」
「うーん、話しかけずらいっていうか……そもそも、話しかけたところで応えてくれるかどうか……」
「たしかにね。まあ物は試しじゃない? 声かけて応えてもらえなかったら、また僕に言ってよ。一緒に考えよ」
望緒は困ったように笑いながら、でも嬉しそうにありがとうと返した。
◇
「……」
望緒は薄暗い部屋で一人、机に両肘を付き、頭を抱えながら悩んでいた。
八下に声をかけたい。しかし、返事をしてくれなかったらどうしよう、そればかりを考えてしまう。
つらい、しんどいと思っていた時に、当たってしまったことを酷く後悔している。今更後悔したところで過去が変わるわけでもあるまいし、どうにもならないのだが、それでもあんなこと言わなければと思う。
「うー、でもー」
このまま何も言わないでいたら、一生彼に会うことはできないかもしれない。そう思ったら、声をかけたほうがいい。断然いい。
––––とりあえず、呼ぶだけ呼ぼう! 応えてくれなかったらその時考えよう!
「や、八下」
辺りのしーんとした音が聞こえてくる。やはりダメかと思ったその時––––
『どうした?』
「えっ!」
望緒はまさか応えてくれるとは思っていなかったのか、思わず驚きの声を上げた。
『いや、なんだよその「えっ」て……』
「あ、ご、ごめん。まさか本当に応えてくれるとは思ってなくて」
望緒は申し訳なさそうに言う。
『なんだそれ。……その調子だと、あの時のアレは収まったんだな』
「あ、そ、その節はとんだご迷惑を……」
『なんだそれ、いいよ別に。それで、今日はどうした?』
「あ、あのね、謝りたくて……」
『謝るって?』
「私、あの時八下に酷いこと言っちゃったでしょ? 私がいるから戻りたくない〜とか……。無駄に当たっちゃって……」
『気にしてないよ。それに、前も言ったけど、しんどいと周りのことなんか考えらんないじゃん? 自分で精一杯だった相手を責めることはしないよ』
望緒は涙が出そうになった。自分はあんなにも酷いことを言ったのに、八下は許してくれている。これは建前なんかじゃない。心の底から言っている声だ。
彼女は嬉しさはもちろん、自分はなんて惨めで情けないのだろうという感情も込み上げてきた。泣きたいとも思っていなかったのに、涙がポタポタと落ちる。
泣きたいのは私じゃないだろうと思いつつも、それでも泣いてしまう。
『おいおい、泣くなって』
八下は少し笑いながら言うのだが、涙はとめどなく溢れる。望緒は嗚咽を漏らしながらも話し始める。
「また、仲良くしてくれる?」
『! 当たり前だろ。また呼ぶからさ、今日はもう寝ろよ』
「ありがとう、おやすみ」
『おやすみ』




