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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第二章 風
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五十二話 くだらぬ矜恃

「あーあ、残念」


 後ろで誰かの声がした。しかし、それが聞こえたのは日向だけ。彼が後ろを振り返っても、そこには誰もいなかった。


「日向、どうしたの?」


「……いや、なんでもないよ」


 ◇


 望緒を連れて山を降りたところで、真澄たちが走ってくるのが見えた。二人は飛希と望緒の元へ駆け寄ると、その勢いのまま二人を抱きしめた。


 その頃にはもう朝日が昇り始めていて、美しい空になっていた。


「良かった、無事で……本当に良かった……!」


 泣きながらそう言われたので、望緒はまた泣き出した。もう涙なんて枯れるぐらい流したはずなのに、未だに溢れてしまう。


「全く、人騒がせな……」


 神社に戻ったあと、風宮の当主呆れたようにため息をついた。そんな彼に、藤花は声をかけた。


「お爺様」


「なんだ」


「今回、こんなことになったというのは、ご自身が原因だということ、きちんと理解しておられますか?」


「ふん、なぜ私が悪い。こいつが勝手に––––」


「いい加減になさってください」


 またも悪態をつこうとした当主の言葉を遮る。望緒を探す前とは違い、低く、そして冷たい言い方だった。


「これまでは私も日向も何も言えずに過ごしてきました。自分の祖父であり、家系の当主であるあなたに口答えをすることは難しかったから。そして何より、私が弱かったから。ですが、もう黙っているのは限界です」


 藤花の発言に、誰も何も言わなかった。彼らの祖父も父も、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で話を聞いていた。

 桐子も随分と驚いている様子。当たり前だろう、今まで何を言われても祖父に従ってきた娘が、今まさに変わろうとしているのだから。


「石火矢の方々にも散々な物言い。挙句の果てには外の方にまであの仕打ち。風宮の村(うち)が外から来た方々から疎まれているのは、あなたが原因なのですよ」


「は? 疎まれ……?」


「あら、ご存知ありませんでしたか? あなたが罵詈雑言とまでは行かずとも、蔑んだ発言をして別の村に彼らを追いやる––––これで疎まれないなど、おかしな話でしょう」


 風宮の当主は驚いていた。今の今まで、自分たちがまさか疎まれる存在になっていたなど、知らなかったのだろう。まさに、おかしな話だが。


 風宮の次期当主––––藤花たちの父もそのことを知らない様子だった。バッと桐子の方を向き、「お前は知っていたのか」と問うた。


「ええ、出水や雷久保から、たまに話が届いていましたから」


「さて、話に出しておいて何ですが、その話は一度置いといて。お爺様、これまでの発言全てに対し、石火矢の皆様と望緒さんに謝ってください」


「なぜ私がそいつらに謝らねばならぬのだ」


「悪いことをしたのなら謝る。幼子でもできることかと思われますが?」


 藤花が言っていることは至極真っ当。何も言い返せない風宮の当主は、ただ悔しそうな表情を浮かべていた。そして、口を開いたかと思えば、出てきたのは謝罪の言葉ではなかった。


「そんな奴らに––––」


「今はそんなくだらない矜恃捨ててしまいなさい! それすらも失礼な発言だとは思わないのですか? つくづく可哀想なお方」


 実の祖父に対する物言いではないが、ここまで言わないと彼はわからない。そういう人間なのだ。


 義父が悔しそうにしている傍ら、桐子は自分の母親のことを想像していた。藤花と日向の祖母にあたる。


 ––––お母様もあんな風に怒ることがあったなあ。


 思い出に浸っているが、彼女も似たような叱り方をする。


「ぐっ……」


 風宮の当主は拳を強く握る。心の底から謝りたくないようだ。

 そんな彼のことを、藤花はジッと見つめる。その姿には、望緒が初めて会った藤花の面影は一切ない。


「……す、すまなかった」


 「す」の一言ですら出てくるのに時間がかかった。それほどまでに彼の無駄なそれはとてつもなく高いのだろう。

 自分たちの家系こそが一番だという、謎の自信とプライドが。


「……あなたも」


「申し訳ない」


 桐子は小さく息を吐き、深々と頭を下げた。それに続き、藤花と日向も頭を下げる。


 しかし、風宮の当主の謝り方は、とてもじゃないが誠実なものではなかった。頭は下げない、目線は斜め下。そんな彼の姿に、藤花はため息をつき、日向は呆れたような眼差しで見つめていた。


 そして、藤花は後ろに振り返り、望緒や飛希たちの方を見た。


「どうなさいますか?」


 許すか許すまいかは、己らの判断に任せる、そういう事だろう。

 望緒はどうしたらいいかわからず、俯いている。


「ワシらは許さん。これまでの愚弄、許せるはずもないのでな。ただ、家系の都合上、離れることもできんがな、関係性は見直させてもらうぞ」


 雄太郎の発言に、風宮の当主は何も言わなかった。


「私は……」


 本音を言うならば、許したくはない。どれだけ傷ついたことか。しかし、許さなかった時、また何か言われるのではないか、言われなくとも、目線で何か訴えてくるのではないかと不安になった。


「望緒さん」


 そんなことをぐるぐると考えている時、ふいに日向が名前を呼んだ。


「ご自分の意見を言っていいんですよ」


「! ……わ、私も、許したくないです。すごく、傷ついたから……」


 望緒は飛希の着物の袖をキュッと掴みながら言った。飛希はそれに気づき、右手をそっと優しく彼女の背中に置いた。


「だ、そうです。当たり前ですからね。今までの自分の愚かさと向き合ってください。例え、許されることがなくとも」


「……っ、ふん!」


 鼻を鳴らして踵を返し、社務所へ入っていく。次期当主はどうしたらいいかわからずオロオロとしていたが、桐子に睨まれ、そこに留まざるを得ない状況になった。


「……ふう」


 一段落つき、藤花が小さく息を吐くと、横で静観していた日向が話しかけてきた。


「ごめんね、藤花。こんな役任せちゃって」


「ううん、全然。お気に入りから言い返し、凄い応えてそうだったし」


 藤花は今まで見たことないような、悪戯げな笑みでそう言ってみせた。日向はそれを見て困ったように微笑む。


 桐子は望緒たちの元へ近づき、再度詫びを入れた。


「いや何、桐子さんが謝ることではない」


「いいえ、私も真澄さんたちが義父に罵倒されているのに、何もできませんでしたから。……ああ、そうだ。時間がなくて()()をお渡ししてませんでした」


 そう言って桐子が渡してきたのは、一通の文。雷久保から石火矢に向けての手紙だった。


「あ、来たのね。返事」


「どうする、このまま雷久保まで行くか? それとも、一度石火矢に戻るか?」


 全員が悩んだ末、望緒をジッと見つめる。


「えっ、なんで私見るの……?」


「ああいや、すまないな。一度戻って疲れを取りたいかと思って」


 望緒はああと納得したように小さく呟いた。実際、かなり疲労が溜まっているから、休みたいところではある。


「でも、雷久保にもう行かないといけないんなら……」


「あら、大丈夫よ。すぐに行かなきゃいけないわけじゃないから」


「えっと……なら、戻りたい、です」


 望緒が言うと、真澄はふっと嬉しそうに笑った。


「なら、今から支度をして、戻ろうか」


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