五十一話 だからどうか
山の中は暗い。夜中だからその暗さは倍以上だ。感覚で登っていくしかない。
歩いている最中、ふと明かりが見えた。自然には発生しないであろう、紫色の光が。
「あれは……!」
先程風宮の神社で見た“念”の色と同じ。飛希は嫌な予感がすると思い、明かりの方へ走っていった。
見てみると、そこには大きな炎の塊があった。明らかに自然発生のものではない。目を凝らすと、炎の中にうっすらと人影が見えた。
「望緒!」
「え! あれが!?」
飛希に着いてきた藤花が大きな声を出した。驚くのも無理はない。それは今まで自分が見てきた望緒ではなかったのだから。
炎は依然として燃え盛っている。しかし、他の場所に燃え移っているようには見えない。
不思議なものだ。熱さすら感じない。この炎は“念”と同じような存在なのだろう。あれは人の思念体にすぎないため、火とはまた違う。そのため、熱さなどは特に感じない。
「望緒……!」
飛希が名前を呼ぶと、彼女を覆う炎が一瞬ゆらっと揺れた気がした。
◇
「飛希たち、どこに行っちゃったのかしら……」
「わからない。僕らも追いかけたいけど、この状況じゃあね……」
風宮の神社、彼らの目の前には、無数の“念”がいた。それらは鳥居の前に立ち塞がっている。
「まるで『行くな』とでも言っている様ですね」
真澄たちの後ろで、桐子が小さく呟いた。その言葉に二人は顔を見合わせて困ったような表情をしていた。
◇
一方、飛希たちの方でも、同じように無数の“念”が彼らの往く道を阻んでいた。無理にでも行こうものなら、取り込まれてしまう可能性がある。
飛希が困っていると、うち一体の“念”が風と共に弾けて消滅した。
「とりあえず、僕らが道を開けます。飛希くんは、望緒さんの元へ」
「はい、ありがとうございます……!」
礼を言い、飛希は望緒の元へ走る。その間にも“念”は飛希を止めようと襲いかかってくるが、それを次々に日向が弾けさせる。しかし、それだけで事足りる量では無かった。
そこで、藤花が懐にしまっていた札を何枚か取り出し、それを“念”に向かって投げつけた。
札が張り付いた“念”は、日向がやったものと同じように弾けた。ただ、一つ違うとすれば、それは周りのいくつかの“念”も同時に弾けることだった。
「まったく、どれだけ近づいてほしくないんだか……」
「もっとはやくお爺様を止めておけばよかった」
二人は背中合わせで話し出す。藤花はもっとやれることがあったはずだと後悔している様子であった。
「今更後悔しても遅いよ。とりあえず、飛希くんが望緒さんの元へ行くまでの道を作らなくちゃ。その後は––––」
「飛希さんがあの大きな炎に飲み込まれないように、抑えないとね」
藤花の答えに日向はニッと笑って、もう一度“念”に自身の風を向けた。
飛希は“念”が視界に入っても気にすることなくまっすぐ望緒に向かって突き進んでいく。
周りにいたそれらは日向たちが対応してくれる。飛希は難なく炎に覆われた望緒の元へ辿り着くことができた。
彼は片膝をつき、躊躇うことなく炎に上半身を入れた。
それを見た藤花と日向は、駆け足で飛希の元へ行く。そして、彼が全身炎に取り込まれてしまわないように、彼の着物を掴んだ。
「望緒……!」
飛希が彼女の名前を呼ぶと、それまで周りで彼らの邪魔をしていた“念”の姿が、たちまち消えた。
望緒はピクっと反応し、覆っていた両手を顔から離した。しかし、顔をこちらへ向けてくれることは無かった。
「……なんでいるの?」
「望緒のこと探してたからだよ」
「……」
望緒は何も言ってくれない。かと言って、また離れるような素振りを見せることもなかった。
「帰ろう」
飛希が優しく微笑みながら言うが、望緒は首を縦に振りはしない。それどころか、横に振っている始末。
「どうして?」
「帰れない。こんな私じゃ……。こんな汚い私じゃ」
望緒がそこまで言ったところで、飛希は彼女の口を自身の手で抑えた。それはとても軽く、優しいものだった。
飛希が手を差し出したことで身体がさらに炎の中に入ったので、藤花と日向はさらに飛希の身体を抑える。彼らの手に、少しずつ火が燃え移っていく。
「––––どういうところが?」
彼の言葉を聞いて、望緒はようやっと顔を上げた。彼女の目は泣き腫らしていて、赤くなっている。頬は涙で濡れていて、乾いた痕も見える。
「……み、みんなのこと、嫌いって言っちゃったの。私が全部悪いのに」
「全部?」
「全部。私が向こうで親に相手されなかったのも、風宮の当主に嫌われてるのも、あと––––」
望緒はそこまで言って口を噤んだ。何かを言いかけたが、途中でやめてしまった。
「とにかく、全部私が悪いの」
「わかんない。全然わかんないよ、それのどこが望緒が悪いってことになるの? 全部向こうの自己都合じゃんか!」
飛希は耐えられず、大きな声を出してしまった。あまりに悲痛な考えに、黙っていられない。
「でも……勝手にしんどくなっといて、八下に酷いこと言っちゃったの……」
「……なら、帰って謝ろう? みんなも待ってる」
その言葉で、炎は少し弱まった。
「待ってないよ」
「待ってる。少なくとも、僕ら石火矢は待ってる。それに、藤花さんも日向くんも、桐子さんだって心配してる。だから、ね? 帰ろう」
「でも、風宮の当主に会いたくない。また何か言われちゃう。こんな問題起こしたんだもん」
弱々しい声でそう言った望緒の目には、とめどなく涙が溢れている。飛希はその涙を拭いながら、どう言葉をかけるべきか迷っていた。
自分たちも嫌味を言われている存在だ。そこに関しては、何かができると思えない。
「望緒さん!」
そんな時、炎の外から日向の声が聞こえてきた。
「もし、僕たちの祖父のことが気がかりなら、それはこっちでどうにかします!」
「何を今更って思うかもしれないけど……これまで何もできなかった分、こちらでどうにかさせてください!」
日向に続き、藤花も説得の言葉を発した。余程、これまでのことを後悔しているのだろう。もう少し自分が、自分たちが動けていたら、ここまでつらい思いはさせなかったかもしれない、と。
––––だから、帰ってきて……。
「望緒、一緒に帰ろう」
飛希が言うと、炎は一気に消えていく。内側から風で吹き消されたような、そんな消え方だった。
「帰ってもいいの?」
「もちろん」
そう言って飛希は手を差し伸べる。望緒は泣きながらその手をギュッと握った。




