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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第二章 風
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四十九話 燃え尽きて

 その日は何も問題なく終わった。皆といる時はいつも通りに過ごし、一人になると無気力に寝るだけの日々。そんな日々が数日続いていた。


 しかし、そんなある日の夜––––


「……」


 もう外は真っ暗。人々は寝ていて、どこも明かりをつけている様子はない。当たり前だ。真夜中なのだから。

 望緒は明かりが差し込むことの無い、本当に暗闇で何も見えない部屋で、ただ一人、布団の上で膝を抱えて座っていた。


 下ろした髪が落ちてきても、耳にかけたりしない。人形のように何もしない、動かない。


「……今日も見ちゃった」


 なぜ今の時間に起きているのか、理由は簡単。また()()()を見たのだ。暗い空間で、ボソボソと聞こえる声。それだけでも鬱になりそうだと言うのに、それに加えて「お前のせい」などと言われてしまえば、こんな状態にもなるだろう。


 望緒はそのことを思い出し、より深く顔を膝に埋める。


「私のせいってなに? あれは誰なの、私は何をしたの?」


 身に覚えのない言われ、誰かもわからぬ声。望緒の精神はもうズタボロだった。崩壊寸前と言っても過言では無い。


 しかし、彼女は突如として立ち上がった。しばらく俯いてたっているだけだったのだが、何を思ったのか、足音をたてぬように、しかし足早に玄関へ向かった。


 今の時間は皆寝ているはずだが、万が一という場合もある。望緒は後ろを振り返り、誰も外に出てきていないのを見てから、戸をゆっくり音を殺して開けた。

 戸を開けると、冷たい風が舞い込んでくる。すぐさま外に出て、また音を殺して戸を閉めた。


 最近はよく冷える。冬も近づいている頃なのだろうか。気温そのものは凍てつくほどの寒さではないが、彼女の心は凍てついていた。


 ゆっくりと歩きだす。一刻も早く、この場所から離れたかった。あの暖かい人達に心配などかけたくはなかった。それに、あの場所にいたら自分が壊れてしまいそう。


 ––––やっぱり、私には元の家がお似合いなんだろうなあ。


 そんなことを考えながら、どこへ行くあてもないのにただひたすら歩む。歩み続ける。


 そんな時、ふと目に入ったのは大きな山。別になんの変哲もない山だ。だからこそ、望緒はあそこに行こうと思った。普通の山なら、まさか行ったとは思わないだろう。


 山の麓まで来ると、望緒は一つ息を吐いて、虚ろな目でその山を登った。その時も、夢のこと、八下のこと、飛希への想いのこと、風宮の当主のことなど、たくさんのことを考えていた。


 そんなことを考えていると、ふと頬に涙が伝う。

 どんどんと溢れ出てくる。止まらない。なぜ、なんで自分がこんな思いをして生きていかなければならないかがわからなかった。


 目を擦って、鼻を啜って、それでも涙は止まらない。溢れ出る思いを処理し切れない。


「なんで……なんで……」


 そう呟きながら山を登る。疲れなど感じなかった。ただ、ひたすら今は風宮からも石火矢からも離れたかった。


『望緒』


 そんな最中、ふと八下の声が聞こえた。初めは幻聴かと思ったが、どうやら違うらしい。


「え、八下? そっちから話しかけることって可能なの……?」


『いや、多分無理なんだろうけど、なんか嫌な予感がしたから呼んでみたんだ』


「……そう」


『なあ、だいじょう––––』


「……んで」


『え?』


 望緒が何か呟いたが、声が小さくて聞こえなかった。八下はもう一度言ってもらうために聞き返す。


「なんで、こんなにつらい思いしなきゃいけないの? 私何かした? あっちでもこっちでも、幸せかもって思ってたら急にしんどくなるような出来事ばかり。何がこうさせてるの? これが私の人生なの?」


『望緒––––』


「風宮には心無いこと言われるし、家に住まわせてくれる人に恋心抱いちゃうし、かと言って向こうの空間では家族から煙たがられて、外でもいい出来事はなくて!」


 八下は何も言えなかった。なんと声をかければいいかが、全くわからない。


「八下に関しても……」


『え、何?』


「現世に帰りたくないんでしょ? 人間のせいで帰りたくないんでしょ?」


『……!』


「私がいるから帰る糸口見つかって、それで余計に帰りたくないんでしょ? なにそれ、それなら全部私のせいじゃん!」


『望緒、落ち着いて……!』


「もう嫌、全部嫌。みんな嫌い、こんな私も大嫌い」


 望緒はその場にへたり込む。地に着いた手は、土で汚れる。涙もボタボタと落ちる。風も吹くのをやめ、辺りは静か。


 ––––いいんだよ、それで。みんな嫌いなの。みんな悪いの。“燃え尽きて”いいんだよ。


 夢で聞こえた声が、後ろから聞こえる。彼女の耳元で囁いているような感覚。望緒は一瞬、驚いたような表情を見せるが、すぐに戻り、歯をグッと噛み締めた。


「そうだね、もういいよね」


『望緒!』


 八下が何度も名前を呼ぶが、それももはや聞こえてなどいない。


 ボタボタと落ちる涙が、黒く、どこか紫色にも見える炎に変わっていく。それは望緒の顔、そして全身に燃え広がっていき、最終的に球状になり、望緒を覆い囲んだ。


 その時にはもう、八下の声も気配も一切なくなっていた。


「いいね」


 どこがで誰かが、そう笑った。



「……望緒?」


 暗く、静かな部屋で飛希はそう呟いた。目が覚めたのか、布団から上半身を起き上がらせた。

 まだ夜明けではないため、当たり前に周りは静かだ。


 飛希は立ち上がり、両親や祖父を起こすまいと足を忍ばせながら、望緒の部屋へ向かった。


 嫌な予感がするのだ。何かが彼女の身に起こった、そんな気がしてならない。

 部屋の前にたどり着くと、飛希は一度、名前を呼んだ。しかし、返事はない。


「入るよ」


 襖を開けると、部屋には誰もいなかった。ただ、無造作に敷かれた布団があるだけ。厠に行っただけかとも思ったが、それにしては部屋の様子がおかしい。


 布団のめくれ方があまりに適当すぎる。いつもこんな感じだったろうかと記憶を振り絞るのだが、やはりこんな様子を見受けられたことは一度もない。


 ––––一体どこに……。


「っ! いや、そんなん考えてる場合じゃない。母さん達にも言わないと……!」


 そう言って飛希は小走りで両親達の元へ向かった。

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