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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第二章 風
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四十八話 疲れた

 望緒は今朝からずっとボーッとしながら仕事をしている。何度か渡す御守りを間違えるというミスを犯していた。


「あの、大丈夫ですか? 今朝から元気がないですけど……」


「ごめんなさい、ミスもすごくしちゃった……」


「それは大丈夫ですよ。皆さんも怒ってなかったですし。ちょっと疲れちゃいましたかね、ここ、居心地悪いし……」


 “居心地が悪い”という言葉に、即座に否定はできなかった。望緒にとってはそれは事実だから。


 ––––こんなこと言ってるっていうことは、藤花さんもそう思ってるんだろうなあ。


 先日、風宮の当主に言われたことや、昨日の八下の言葉が気になって仕方がない。それに、自分の恋心を自覚したことも。

 誰にも相談できないもどかしさが、ずっと望緒の内側にある。


 ––––『戻りたくない』かあ。


 何が彼をそう思わせているのだろう。そもそも、なぜ彼は四肢がバラバラになったのか、首はどこへ行ってしまったのか、わからないことばかりだ。全て、闇戸が人間を嫌うようになったことと繋がっているのだろうか。


 昨日も、八下に闇戸が人間を嫌った理由を聞いた時、「置いとかせて」と言われてしまった。


「誰だって話したくないことはあるだろうけど……」


 それにしたって、もう少し話してくれてもいいものではないかとも思ってしまう。自分は詮索されたら嫌なくせに。


「すみませーん」


「あっ、はーい」


 走行しているうちに客が来た。望緒は一度考えることをやめて、仕事に戻った。彼の言葉の意味は気になるが、今は仕事が優先だ。



「……あ、そうだ」


 望緒は仕事が終わり、借家に戻ろうとしていたところ、ふと何かを考え、歩みを止めた。


「図書の間に寄ろう。あの『火夜もじ』がなんなのか、ちょっと知りたいし」



 もう日も陰っているため、部屋が暗い。もうじきこの部屋も閉じるから、蝋燭等は特につけていないそうだ。

 暗くて見にくいが、ある程度の場所は把握している。前に本を手に取ったであろう場所には、難なく辿り着くことができた。


「あった、これだ」


 前と同じく、赤い和綴じの本。前はバタバタしていて気づかなかったが、まじまじと触れてよくわかるのは、かなりボロボロな状態だと言うこと。もしかすると、中もそんなに良い状態ではないかもしれない。


「まあ、とりあえず開いてみよう」


 中を開いてみるが、意外と虫食いなどは無く、文字は綺麗に読める状態だった。しかし、読めるような知識は持ち合わせていないため、感覚で読むしかない。


 所々に見えるのは、『八下』と謎の『火夜』の文字。八下はわかる。望緒もよく会っているから。ただ、やはり『火夜』は聞いた事も見た事もない単語だ。

 ただ、読んでいてこの正体が何なのか、ほんの少しだがわかったような気がする。


「これ……人の名前、かな」


 どうも文脈的にはそうとしか思えない。しかし、望緒の持ち合わせる漢文の知識は乏しいものだから、考えている文章が合っているかはわからない。


 ––––もしこれが人の名前なら、この人が八下が現世にいられない理由と関わりがある? それなら、闇戸が人間を嫌っていることにも納得がいく……。


 そんなことを一人考えながら、本を閉じ、元あった場所に戻す。


「八下が戻りたくないのは、この人が関係してる……?」


「望緒」


 後ろから急に名前を呼ばれ、望緒は肩をビクッとさせる。振り返るとそこにいたのは、飛希だった。なかなか戻ってこないから、様子を見に来たのだろう。


「もうすぐここも閉じるって。早く戻ろう?」


「……うん、ごめんね。帰ろっか」


 そう言って飛希の方へ行くが、その途中で先程まで見ていた本に視線を戻した。しかし、飛希にもう一度名前を呼ばれたため、また彼の方へ駆け寄った。



 望緒は食事も風呂も済ませ、部屋に戻って机に向かった。本当なら寝なければいけないのに、色々な事が気になってそれどころではない。


 あの『火夜』は何なのか、八下とどういう関係なのか、この恋心はどう仕舞うべきか、風宮の当主はどう対処したら良いのか、そんなことを考えていたら、寝ることができなくなっていた。

 それに加えて、最近よく考えてしまうことがある。


「八下はずっと現世になんて戻りたくなかった。でも、私がこの空間に来たことで、その糸口が見つかった。もしかしたら、私のせいで八下は()()()()()を……」


 考えれば考えるほどわからなくなっていく。暗い部屋で一人、頭を抱えながらそんなことを考えるので、頭がおかしくなりそうだった。


 ようやっとこの空間にも慣れてきたと思った。ようやっと幸せを見つけられたような気がしていた。それなのに、今はもうそんなこと欠片も思えない。考えられない。

 瞳から光が消えていきそうだ。


 望緒はふうっと大きく息を吐いて、机に両手を着き、ゆっくりと立ち上がった。


「寝ないと……」


 押し入れから布団を引っ張り出し、無造作に広げる。いつもはもっと綺麗に広げるのだが、もはやそんな余裕さえなかった。


 適当に布団に入り、何も考えまいと深く深く布団を被った。



 望緒が目を覚ますと、そこは真っ暗な空間だった。上も下も前も後ろもよく分からない、そんな場所。

 明らかにここは八下の精神世界ではない。彼の気配など微塵もしない。


 ここはどこだ、そんなことを考えていると、ボソボソと声が聞こえてきた。しかし、小さすぎて何を言っているかがわからない。それに、誰が言っているかもわからない。不安だけが、望緒の中をうずめいている。


「何? 誰? なんて言ってるの?」


 それでもボソボソとした小さな声は大きくなることも、消えることも無かった。


「ねえ!」


 不安に駆られ、大きな声を出す。しかし、状況は依然として変わらない。望緒は段々と恐ろしさも感じ始め、先程よりも大きな声を出した。


「ねえってば!」


「お前のせいだよ」


「!」


 望緒はそこで目を覚ました。嫌な汗を書いている。上半身を起こすと、服も布団も汗で濡れていることに気がついた。

 周りは既に明るくなり始めていた。そんなに寝ていた気はしないのに。


「何……? あれ……」


 聞いた事のない声だった。どこか幼い男の声。成人は明らかにしていないようだった。

 夢だから、変な声に変換されただけだったのだろうか。


「……」


 もう何も考えたくなかった。起きた時には既に、瞳に光なんてなかった。

 何も言わないまま立ち上がり、いつも通り朝の支度をした。家族と顔を合わせなくてはいけない時は、がんばっていつものような笑顔を維持した。


 仕事もいつも通りこなした。いつも通り接客をして、いつも通り藤花と関わった。何一つ不足のない、何も変わらないいつもの望緒。


 しかし、その内では、黒くドロドロとした何かが溜まっていく。


 ––––ああ、疲れた。

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