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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第二章 風
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四十七話 自覚する

「ごめんなさい、戻りました〜」


 いつもと何ら変わらぬ口調で社務所に入り、定位置に座った。藤花が横から心配そうに眺めていると、望緒が何も無かったかのような表情で、彼女の方に振り向いた。


「どうかしました?」


 変わらぬ笑顔。先程藤花が心配していたようなことはなにも起こっていなさそうな雰囲気である。藤花は呆気に取られたような表情で返事をした。


「……いえ、なんでもないですよ」


 ただ、何か彼女の中で違和感はあった。そんな気がする。



 晩御飯を済ませた後、望緒は早々に布団を敷き、布団も被らずその場に寝転んだ。いや、倒れ込んだと言うほうが正しいだろうか。


「……つかれた」


 小さく、誰にも聞こえぬような声量で呟いた。そんな時、襖の向こうから飛希が声をかけてきた。

 望緒は飛び起きて乱れた髪を整える。


「いいよ、入って」


 言うと、飛希は優しい笑みを浮かべながら襖を開けた。


「ごめんね、疲れてるところに」


「ううん。今日はお客さん、あんまり来なかったから。それに、飛希と話せて嬉しいよ」


「そっか、それは良かった。僕も嬉しいよ。あんまりよくわかんないけど、こういうのって兄妹っぽいかもね」


 飛希はそう言ってクスリと笑う。望緒も微笑んだ。表面上だけ。

 内心は違う。全くそんなことは思っていない。心の奥でズンとした重みがのしかかっているような感覚を覚えた。


 ––––望緒がそいつのこと好きなんじゃないの?


 この間、八下に精神世界で言われたことが頭の中で復唱された。望緒は静まれと思いながら、飛希と会話をしていた。内容は、他愛もないこと。それなのに、望緒はこの時間が続けばいいなんて思っている。


 本当は自覚なんてしたくない。してしまえば確実に何かが崩れる。だから、自覚しないまま死んでいけたらいいのになんて願ってしまう。それでも、自覚せざるを得ないのだ。


 ––––私は、飛希が好きなんだなあ……。



「……で、今日はなんで呼ばれたの?」


 望緒はジト目で目の前にいる八下を眺める。先日呼ばれたばかりだと言うのに、スパンが短すぎやしないか、少しそんなことを思ってみる。


「いいじゃん、話し相手」


 彼はいつものように笑ってみせる。望緒はそれに毒気を抜かれたように微笑んだ。


「今日はどうだった?」


「ぼちぼちだよ。大きな事件は起きてないって感じ?」


 八下はそっかと軽く返して終わった。

 望緒は上手く取り繕えただろうかと心配になる。彼にとっては何気ない質問だったはず。しかし、今の望緒にとっては全く何気なくなんてなかった。


 どうだった、そう聞かれた時は心臓が跳ねた。考えている暇などないから、慌てて頭に出た言葉を口に出した。


「あ、そういえば千夏たち元気かな。久々に闇戸とも話したいなあ」


 望緒はこれ以上自分の近況を聞かれまいと、慌てて話を変えた。しかし、話題のチョイスを間違えてしまったのか、八下は少し暗い顔になった。


「……そうだな」


 ––––やば、話題絶対間違えた……!


「あ、えーっと……」


 また話を変えようとするが、すぐに話が思い浮かばない。どうするべきか。こういう時に限って、何もいい話が頭に思い浮かんでこない。


「はは、ごめんごめん。無理に話題変えなくていいよ。変な気遣わせちゃったな」


「あ、いや……ごめん」


 なんと返したらいいかわからず、何に対してなのかもわからない謝罪をした。


「そうだなあ、じゃあ、昔の––––俺がまだ現世にいた時の闇戸の話でもしようか」


「……うん」


 何も言わなかった。ただ一言、返事だけ。「いいの?」なんてことは聞かなかった。多分、八下は聞いてもらいたかったのだろう。望緒の想像でしかないのだが。


「あいつ今人間のこと好きじゃないんだっけ?」


「うん。あ、でも、この前千夏からもらった手紙では、出水の人たちとはなんだかんだ上手くいってるらしいよ」


「そっかそっか、それは良かった。……まだお前が出水にいた時にも話したけどさ、あいつ、本当は人間が嫌いじゃなかったんだよ。まあ、とりわけ好きでもなかったっぽいけど」


 八下は苦笑しながら言った。


「なら、どうして?」


「……まあ、そこは今は置いとかせて。俺がいた時の闇戸はさ、なんて言うんだろう、基本ツンケンしてるけど、たまに甘えてくるみたいな性格でさ。なんか、弟みたいに思ってたんだよね」


「えー、闇戸が? 想像できないよ。いっつも冷たいんだもん」


「逆に俺はその闇戸を知らないから、ちょっと見てみたくはあるな。でさ、出水の奴らとも仲が良くて、他の三家とも上手く関係を築き上げてた」


 今の闇戸からは全く想像できない。千年という長い時の間で、彼は随分変わってしまったらしい。

 その時の闇戸は、どのような雰囲気だったのだろう。どのように話してくれたのだろう。そんなことが気になってしまうくらいに。


「……今の闇戸は、どんな感じ? って、超冷たいんだっけ」


「うん、冷たい。なんて言うか、初めの頃は絶対に人間に手を貸してやるもんかっていう意思を感じたよ」


 その話を聞いて、八下はカラカラと笑った。しかし、どこか心の底から笑っていないようにも感じた。


 沈黙が流れる。お互いに話せることが尽きてしまったのだろう。望緒は聞いていいかわからなかったが、それでも聞いてみたいと思ってしまった。


「––––あのさ、八下が現世に戻ったら、闇戸はまた八下の言ったような闇戸に戻るのかな?」


「さあ、どうだろうな。すぐに戻るのはなかなかできないんじゃないか? それこそ、変なプライドが邪魔したりしてな」


 笑いながらそう言う八下を見て、望緒も思わず口角が上がってしまった。

 そんな話をしているうちに、望緒は段々と睡魔に襲われる。もうそろそろ起きる時間なのだろう。


「ねむ……」


「もう帰る時間だな。じゃあ、またな。いつでも呼べよ」


「うん、ありがとう。またね」


 言い終えると、瞼が徐々に下がってくる。ほとんど閉じかけ、といったところで、八下がとても暗い表情をしているのが見えた。

 一人になるのが嫌なのだろうか。彼女はそう思ったが、声をかけられるほどの元気は無かった。


 もう眠ってしまいそうなところに、彼の声が耳に入ってきた。


「戻りたくねえなあ」


 しっかり聞き取れた自信は無いが、確かにそう言っていた。

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