四十六話 できるわけない
望緒は社務所に行き、ある程度挨拶を済ませてから自分の仕事に就いた。
今日は昨日の反動のせいか、あまり人が来なかった。数時間が経ったが、数人見た程度だ。
「今日暇ですね〜」
「そうですね。皆さん、昨日来たから今日はいいかって感じなんでしょうね」
「ですね」
「藤花」
他愛もない会話をしていると、後ろから藤花の母親である桐子が声をかけてきた。
「ごめんね、ちょっとわからないとこがあって、来てもらえない?」
「あ、うん。わかった。すみません、望緒さん、ちょっと行ってきます。やる事あったらここから離れていいですからね」
「わかりました」
藤花が桐子と共に出ていくと、周りがシーンと静かになった。今は風も吹いておらず、寂しくなるほどだ。
「やること……なんもないなあ」
客が来ていないから、御守りや札の補充もない。本当にやることがないのだ。
––––図書の間行きたいけど、それは仕事じゃないからちょっとなー。
「あ、境内の掃除しよう」
今は風は吹いていないが、朝は強い風が吹いていた。そのため、葉や花がかなり落ちている。ただでさえここは植物だらけで、少し風が吹いただけでも花びらなどがよく落ちる。
今も、参道が葉や花に埋め尽くされている。
望緒は箒を持って外に出る。社殿から階段に向けて穿いていくため、望緒はまず社殿の周りから掃除すべく、前に立った。
ただ、社殿の周りが一番植物が多いので、ここが大きな難関であろう。
「わかってはいたけど、なかなか大変だなあ」
まだ社殿の周りの半分しか穿いていないのだが、もう疲れてきた。なんと言っても、体勢がつらい。望緒が腰を叩いていると、ふと傍に誰かが寄ってきた。
横を向くと、そこにいたのは風宮の当主だった。
望緒は驚きの表情を浮かべる。なぜ、嫌っているはずの自分の傍に寄るのか。また何かを言われるのだろうか。
数秒見つめ合ったあと、先に口を開いたのは望緒だった。
「こ、こんにちは。当主様」
失礼にならない程度に頭を下げ、挨拶をしたが、風宮の当主は大きなため息をついた。
望緒はビクッと肩を動かした。それが母親のため息の感じとよく似ていたから。
「……あ〜、石火矢の巫女、君は昨日そこの木々の中で何をしていた? 微量ながら霊力を感じ取ったのだが?」
「え」
思わぬ言葉だった。バレている? なぜ? 藤花はバレることはないと言っていたが、彼女の算段は間違っていたのだろうか?
「藤花はきっと、あそこなら心配はいらないと思っていたのだろうな。だが、私を甘く見てもらっては困るんだよ。貴様の霊力など、すぐに気づく。感じたことの無い気味の悪い霊力など」
望緒は絶望とまでは行かずとも、それにかなり近しい表情を浮かべていた。それは自分でもよくわかった。風宮の当主にかんしては、一切表情を崩さず、ただ酷く冷たい視線だった。
「で、結局何をしていた?」
「け……結界術の、練習を……」
正直に言った。黙っていたところで、彼が引き下がるはずもないから。
「結界術? お前が?」
この後、何を言われるかはある程度予想はつく。しかし、言ってほしくない。どうか、どうか言わないでと願うも虚しく––––
「ふっ、あははははははは! お前が? お前が結界術などやろうとしているのか? できるはずがないだろう、お前なんぞに。霊力は幼い頃から扱っているからこそ応用が利く。しかし、お前はどうだ? 霊力の残滓はなかなかに酷いものだったぞ」
完全に馬鹿にしている。見下されている。しかし、望緒はなにも言わない。いや、言えない。自分が下に見られるなど日常茶飯事だからだが、それだけではない。ただ、言い返すという考えが無いのだ。
向こうでは母親に何か言われることも多々あったが、言い返せば言い返すほど彼女の責め方は酷くなっていった。だから、望緒は次第に言い返すことを諦めていった。
何も言い返せないでいると、風宮の当主は下品に笑い続けた。
「諦めろ諦めろ。貴様じゃ無理だ」
もうひと笑いして、彼は去っていった。望緒は足音がしなくなってからも、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。風で集めた木の葉が飛ばされていくところを見ても、なにも思うことができなかった。
虚ろな目で社務所の方へ顔を向けると、藤花が戻ってきたのが見えた。彼女は急いで箒を片付け、社務所へと戻って行った。
「ごめんなさい、境内穿いてて……!」
「大丈夫ですよ。……あの、平気ですか?」
「えっ?」
「あ、ごめんなさい。なんだか、沈んだ表情をされているので……。もしかして、また––––」
「あー!」
望緒は机を思い切り叩きながら、何かを思い出したかのように声を上げ、立ち上がった。
藤花はそれにビクッと反応し、鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしたまま望緒の方を見ていた。
「木の葉捨てるの忘れてました。すみません、すぐ戻りますね」
「あ、ちょっと––––」
藤花の静止を聞くことなく、彼女はそそくさと出ていってしまった。
木の葉を入れた麻袋を手に取り、紐で強く縛る。その袋にポタポタと水滴が落ちた。望緒の涙だ。拭っても拭っても、それが止まることはない。
麻袋を持って、焼却炉まで持って行った。が、鼻も赤くなっているのがわかるので、このまま帰れば、泣いていたことがバレる。
そうなると、日向にも伝わる。そしてそれが風宮の当主にまで伝わり、さらに溝が深くなるだろう。
それは、できるだけ避けたかった。石火矢との関係がこれ以上悪化するのは良くない。飛希たちに関しても、八下に関しても。
「あー、もう……」
頑張って涙を流すまいとしているが、なかなかそうもいかない。鼻をすするが、あまり大きいと聞こえてしまいそうだと、なるべく最低限に抑える。
––––あんまり遅いと、心配かけちゃうし、迷惑になっちゃうな……。
だが、戻る気にはなれない。こんなぐちゃぐちゃな顔で戻りたいとは思えない。
「……八下」
『どうした? ……泣いてる?』
「ねえ、私には結界術は無理かな?」
『なんだよ急に。無理ってことはないだろ。向き不向きはあるかもしんないけど』
カラッと言ってしまう八下に、望緒は思わず笑ってしまう。
「ふふっ。なんか、八下のそういうとこ好きだな」
『なんだよそれ。……気は晴れた?』
「うん、ごめんね。ありがとう」
『ならいいよ。じゃあな』
そう言って、八下の気配は消えた。望緒は頬をバチンと叩いて、勢いよく立ち上がる。
「……行こう」
呟いて、社務所へ戻っていった。




