四十四話 家族じゃない
「うーん……?」
先程まで暗かった視界に、光が入り込んでくる感覚がした。
重い瞼を開けると、目の前に数え切れぬほどの星々が光り輝いていた。
「ああ、精神世界か……」
目を擦り周りを見渡すと、空を眺める八下の姿が見えた。
ふっと目が合い、彼は望緒の方へ寄る。
「おはよう」
「絶対におはようではないよ。今日はどうしたの?」
「んや、ただ話したかったから。嫌?」
望緒は目をぱちくりとさせてから、にこりと微笑んで返事をした。
「ううん。全然」
そう返されたところで、八下はじっと望緒の顔を見つめる。それに対して、望緒は首を傾げた。
「どうしたの?」
「お前、なんかあった? 随分と複雑そうな顔してるけど」
「えっ」
彼女は驚いた顔で、自分の顔を触った。自分がそんな表情をしていたなんて、今の今まで気づかなかったのだろう。
「……今日飛希––––石火矢の次の次の跡継ぎの子に家族って思ってるって言われたんだよね」
「嬉しいことじゃんか」
「そうなんだけど……なんて言うか、妹みたいって言われてからモヤモヤするっていうか。自分でもよくわかんないんだけど、どこか心に取っ掛りがあって嫌っていうか……」
それを聞いて、八下は考えるようにして黙った後、それってさ……と口を開く。
「望緒がそいつのこと好きなんじゃないの?」
「それは絶対ない!」
彼女は八下の発言に食い気味に否定をした。あまりに勢いがよく、大きな声だったので、八下は思わず驚く。
「いや、でも––––」
「違うじゃん? だって、飛希は“妹”って言ったんだよ? 妹が家族を恋愛対象として見るなんて、なかなかないじゃん。それは“家族”じゃないよ」
混乱し、前髪をぐちゃぐちゃにしながら力なく答えた。
八下は望緒の虎の尾を踏んだと思いながら、頭の後ろをかいた。しかし、彼にはわからないことが一つあった。
「別に“妹”に拘らなくてもいいんじゃねえの? 家族っても色々あるじゃん? それこそ夫婦とか……」
「飛希は妹って言ったんだよ……。人の考えがそう簡単に覆るはずないじゃんか……」
「……」
八下は返答に困ってしまった。たしかに、その枠から抜け出すことは難しそうだ。
それに加え、こんな当の本人がこの精神状態では、そもそも考えを覆させることができるとは到底思えない。
実の家族から愛されなかった彼女が、今やっと家族というものを知った。だから、余計にそう見てきた彼を恋愛視したくないのだろう。
「……まあ、それはまたおいおい考えていけばいいじゃん。それより、“念”の状況とお前の結界術の進行状況はどんな感じなの?」
「ああ……“念”は前より発生件数が多くなってるよ。幸いにも、今は大きな被害は出てないみたいだけど、いつ起きるかわからないから、厳重に警戒しないといけないって」
「そっか……」
「私の方は……まあそれなりに順調、かな」
「いいじゃん!」
「でもまだそんなにいい感じにできなくて」
「そりゃ最初はな。大丈夫、ちゃんとやってたらできるから。一歩一歩着実に、な」
そう言って八下が歯を見せ、大きな笑顔を向けると、先程まで暗い顔だった望緒の表情が、少し柔らかくなった。
「でも、なんでこんなに“念”の数が増えてるのかな。やっぱり、八下がいないから、空間が安定できてないのかな」
「それが一番大きいと思う。それに加えて、あっちの空間の人達の精神的負荷が大きくなってきてるのもあるだろうな」
望緒が元いた空間は、疲れやすい社会だった、そんな気がする。ストレス社会などと呼ばれていただろうか。それなら、“念”の発生が増えていてもおかしくはないかもしれない。
「前から思ってたけど––––やっぱいいや」
「えーなんだよ、気になるところで終わるなよ」
「いや、忘れちゃってさ」
八下はふーんとだけ言って、また空を見つめ出した。望緒が嘘をついたということぐらい、彼はわかっているのだろう。
本当は、なぜ八下の首の場所が自身にもわからないのかを聞こうとしたが、やはり聞いてはいけない気がして、思わず言うのを止めてしまった。
「話変わるんだけどさ、結界術ってどのぐらいの範囲守れるの?」
「その人の霊力量によるな。多ければ多いほどデカいのを創れるけど、維持は難しいぞ。村一つ守るとかは、並大抵のヤツじゃできない」
「神社は?」
「そりゃ、村とかに比べたらまだ難しくない。ただ、やっぱり素人には難しいな」
望緒は「そう……」と小さく呟いて、そっぽを向いた。
「自信、無くなった?」
そう言われ、彼女は図星を付かれたという顔をした。なぜだろうか。順調に結界術の技は身につけているはずなのに。
「……経験の差もあるはずなんだけどさ、風宮の子は凄く霊力の供給が上手なんだよ。でも私は基礎知識すら無い人間だからさ、なんていうか、ただただしんどいんだよね」
「まあ、そうだろうな。できないってわかっててもしんどいことって、やっぱあるよ。俺も嫌だったもん」
「えーうそだ」
「お前の目には俺がどう映ってるんだよ……。まだ霊力の扱い方もわかってなかった頃、す〜ぐいじけてたんだ。まあでも、俺は父親みたくなりたかったから、めちゃくちゃ頑張ったんだけどさ」
––––私も、誰かのようになりたいと思えるようになったら、もう少し頑張れるのかな。
そんなことを考える。それが一番の理由でないことはわかってはいるが、考えてしまう。
望緒の考えを見透かしてか、八下は「まあ」と切り出した。
「“誰かになりたい”じゃなくても、“誰かを守りたい”とか、なんでも理由は作れるよ」
「理由、かあ……」
自分はどうしたいかを考える。そもそも、望緒が結界術をやれるようになりたいと言い出した理由はなぜだったか。
藤花のようになりたかったからだろうか。もちろん、それもあったと思う。しかし、それだけではない気がするのだ。
「……私、飛希たちが無理しなくていいように、全部を守る必要がないように、私が守ってあげたい」
その言葉に、八下はふっと微笑む。
「なら、それでいいじゃん? すげえいい理由だよ」
望緒は照れくさそうに笑った。そして、同時に睡魔が彼女を襲う。もうそろそろ起きる時間なのだろう。
だんだんと瞼が重くなっていき、眠りそうになる。
「じゃあまたな」
「うん……」
小さな声で返事をし、彼女の目は完全に閉じた。




