四十一話 いきなりの饒舌
翌日、いつものように社務所で仕事をしていた望緒は、少し離れた所に座っている藤花に声をかけてみた。
「あの、藤花さん」
「はい、どうしました?」
風宮の人間たちに喋っているのを悟られぬよう、二人とも顔を合わせずに話している。
「えっと––––私、結界術を身につけたいんです」
「え、結界術をですか?」
藤花は思わず顔を望緒の方に向けてしまったが、あっと気づき、すぐに顔を前に戻した。
「やっぱり無謀……ですかね」
「いえ、全くそんなことはないです。ただ、まさか結界術をやりたいって言うとは思ってなくて」
「私もまさかやろうとするとは思わなかったです。そこでなんですけど、御札に霊力を込める方法を教えてほしいんです」
「もちろんです。お互いに隙を見て勉強会しましょう」
クスリと笑う、藤花を横目で見て、望緒の顔も綻んだ。
◇
「ありがとうございました」
藤花は丁寧に参拝客にお辞儀をした。先程の客が、長い列を作っていた参拝客の最後だった。
今日はいつもよりも客足が多く、大変だった。
「はあ、疲れた〜……」
望緒は両手を後ろにつき、大きく息を吐いた。慣れているはずの藤花も、さすがに今日は疲れたらしく、正座していた脚を伸ばしている。
「さて……しばらくは暇ができそうですね。今少しやっちゃいましょうか」
藤花は指でちょっとと表し、いたずらっぽく微笑んでみせた。
「御札、持ってきましたか?」
「あ、はい。これで良かったですかね……」
おずおずと出したのは、結界術を使うために必要な文字が書かれた御札。
達筆とまではいかないが、形にはなっている、そんな文字。
「はい、十分です。筆文字、お上手ですね」
「あ、ありがとうございます。でも、やっぱりまだまだで……」
望緒は頬を恥ずかしげに赤らめ、自分の髪を握り、顔に引き寄せた。顔を隠すようにして。
「そうですか? 私は凄くいいと思いますよ」
「へへ……」
「ふふ。じゃあ、これに霊力込めてみましょうか」
「使ってもいいんですか? 当主たちにバレちゃうんじゃ……」
望緒は、いつも裏で事務作業をしている当主や、他の風宮の人間たちに気づかれてしまうのではないか、そんな心配をしていた。
「大丈夫です。今、祖父たちは別室にいるので。今いるのは、日向と飛希さんぐらいじゃないかな」
それを聞いた望緒は、なら良かったとホッと胸を撫で下ろした。
「霊力の込め方はわかりますか?」
「あ、はい。なんとなくなら……。でも、できてなかったら言ってください」
「わかりました。では、一度込めてみてください」
はい、と返事をして、望緒は昨夜のことを思い出す。
人差し指と中指で御札を挟み、ゆっくりと瞳を閉じた。
ふうっと息を吐き、霊力の流れを体全体で感じ取る。頭からつま先まで、不思議な力が流れている感覚を掴み、それを少しずつ指先へ、そしてその先の御札へと動かしていく。
全神経を使って集中しているからか、汗が流れる。それでも、途中でやめたりはしなかった。
続けていると、御札に書かれた文字が赤く光るのがわかった。わかったのだが、あまりに強い光だったため、望緒は思わず手を止めてしまった。
「あ、止めちゃった……」
吸って吐いてを繰り返しながら、小さく呟いてみせた。
強すぎる光だと、周りの人々にバレてしまうかもしれないと思い、手を止めてしまったのだ。
隣にいた藤花は、呆気にとられている。
「……す」
「す?」
「凄いです!」
そう言って、藤花は前のめりになり、望緒に一気に近づいた。
「本当に初めてですか!? 初めてじゃないって言われた方が納得します! 少なくとも私は初めてではここまでできなかったですよ! できても、せいぜい霊力の流れを感じ取るぐらいなもので……! それが望緒さんはどうです!? 初めてなのにもう御札が光りましたよ!? あ、あれは霊力が十分に溜まったっていう証みたいなものなんですけど、そこまで行っちゃうなんて……!」
「は、はあ……」
普段は物静かで、落ち着いている藤花なのだが、いきなり饒舌になったことで、望緒は若干引いている。
その空気を察してか、藤花ははっと我に帰り、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めた。
「すみません、ちょっと興奮しちゃいました……」
「いえ、大丈夫です……。藤花さんって、あんな風に喋ることあるんですね。普段物静かだから、あんまり想像できなかったです」
「気分が高揚すると饒舌になるんです。あぁ、お恥ずかしい」
藤花はそう言って、顔を両手で覆ってしまった。しかし、耳が赤くなっているのは丸見えだ。
そんな様子を見て、望緒はクスッと笑った。その際、藤花と目が合ってしまう。
「あっ、ごめんなさい。なんだか、藤花さんの人間らしい一面が見れて、可愛いなあなんて」
望緒がまた笑うと藤花は先程より顔を赤くし、今度は袖で顔を覆い隠してしまった。
「すみませーん」
そんな最中、一人の参拝客が望緒たちに声をかけた。二人は慌てて客の方向へ向き直り、仕事に戻った。
「では、続きはまた別日に。人気がないところでやりましょうか」
「はい!」




