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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第二章 風
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三十九話 結界術

 翌日、望緒たちが社務所で参拝客の相手をしていると、鳩がバタバタと飛んでいるのが見えた。


「すみません、ここお願いしてもいいですか?」


「はい」


 参拝客に気取られないよう、二人は小声で話し、藤花は鳩が止まった方へ行き、望緒はそのまま仕事を続行した。

 裏から藤花や日向が出て行く音が聞こえる。


 しばらくすると、木々がザワザワと揺れ始めた。木々を揺らす暖かい風が、望緒の頬も優しく撫でる。

 恐らく、日向の術だろう。現場から神社は距離があるのだが、ここまで風が来た。


 藤花が力を底上げしているから、ここまで来るのだろうか。

 望緒は心がザワつくような、そんな感覚を覚えた。


 ––––私も何か、できることはないのかなあ……。


 自分は“念”が出ても、今のように遠い場所から皆の帰りを待つだけ。何もできることなどない。


「ねえ、八下〜」


 望緒は誰も周りにいない事を確認して、八下に話しかける。


『なに?』


「みんなはさ、自分ができることをこなしてるのに、私は何もできないの。何かできることないのかなあって……」


 望緒の発言を聞き、八下は何か考えるように唸った。


『うーん、そう言われてもなあ……。あ、一つあるかもしれない』


「えっ、なに!?」


『“結界術”だ』


「結界術?」


 そう言われても、全くピンとこない。聞きなれない言葉に、望緒は戸惑う。


「それ、どんなやつなの?」


 聞き返すと、八下は結界術とやらが何かを説明してくれた。


 結界術とは、札に専用の文字を書き、それに霊力を込める。すると、周りに“念”が絶対に入ることができない領域が生み出される、というもの。


「御札に書くって、藤花さんが風宮の人の力を上げるのと似たようなもの?」


『藤花ってのが誰かは知らないけど、まあそんな感じ』


 その発言を聞いてから、望緒は八下が現世での声が聞こえないということを思い出した。

 八下が今の風宮––––四家を知っているという前提で話してしまっていたが、声や様子はわからないのだから、知っているはずがない。


『でも、風宮って力を上げなきゃいけないほど弱かったっけ?』


「なんか、いつの頃からか、風宮の男の子は力が弱い状態で産まれてくるようになったらしいよ」


『……』


 八下からの返事はない。


「八下?」


『あ、ああ……ごめん、ぼーっとしてた』


 少し、焦っているような声色。気にはなるが、突き詰めていい物かわからなかったため、望緒は特に言及はしなかった。


「結界術を使うための文字ってどういうのなの?」


『俺の手元に紙とか無いな……。あ、風宮にないか? あそこ、本めっちゃあるだろ』


「あぁ、そっか。じゃあ明日行ってみるよ」


 バイバイ、と言って八下との会話は終わった。もう一度、周りを確認してみるが、誰かがいる気配はない。どうやら、誰にも会話は聞かれずに済んだらしい。


 ほっと一息ついていると、参拝客が望緒の前にやって来たので、望緒はびっくりしつつもその客の相手をした。



「あの、図書の間って行ってきてもいいですか?」


 翌日、望緒は昨日八下と話していた結界術について調べるべく、図書の間へ行きたいと藤花に打診してみる。


「はい、構いませんよ。あ……でもどうしよう」


 恐らく、風宮の当主のことを気にしているのだろう。それも無理はない。


「一人で行ってきますよ。あんまり迷惑はかけられないですし」


「え、でも大丈夫ですか? あそこに行ったの一回だけですよね。迷いませんか……?」


「うっ……」


 そう言われると、自信が無くなる。たしかに、あまり行き道を覚えていない。

 だが、藤花に迷惑をかけるわけにもいかなかった。


「やっぱり––––」


「なら、僕が一緒に行きましょうか」


 後ろから声がし、二人は同時に振り返った。そこにいたのは、日向。


「え、でもこの前も行ってなかった? 不自然じゃ……」


「まあ、いいでしょ。今、社務所にジジイいないし」


 冷静な顔をしているが、思いのほか口が悪い。ジジイとは恐らく実の祖父のことだろうが、どれだけ嫌いなのだ。


「日向がいいなら、私はいいよ。無理に私が一緒に行って、望緒さんがまた何か言われるのは嫌だし」


「望緒さんはそれで大丈夫ですか?」


「あ、はい。すみません、ありがとうございます」



「今回は何をお探しに?」


 渡り廊下を歩いている最中、日向は不意に話しかけた。望緒は急に話しかけられ、少々びっくりするが、すぐに平常心に戻る。


 が、結界術を学びたいなど、恥ずかしくて言えない。そういった類のことは、これまでの人生、当たり前にしたことがないから。

 もしかしたら、無謀だとか思われてしまうかもしれない。そう考えたら、どうしても言えなかった。


「えっと……この空間についての本を、もう少し読んでみたいな、と」


 返すために持ってきていた、前回借りた本をいじくりながら話す。


「そうですか。まあ、来て一年も経ってないですし、わからないことだらけですもんね」


「そうなんですよね。参拝してきた人たちから色んな話は聞いてはいますが、身内の話とかが多いですし……」


「たしかに」


 そんな話をしていると、図書の間に到着した。

 中に入り、目当ての本を探す––––のだが……。


「あの、何も一緒にでなくても……」


「はあ……」


 日向は藤花の時のように、別々に行動はしてくれなかった。これでは、結界術の事を隠して来た意味がまるで無い。


 見られて困ることでもないが、出来れば見られたくない。


「ほら、自分の見たいの見てくるとか」


「つい最近行ったばかりなんですよね……。それに、ここの本は大半読みましたし」


「えっ……この量を……?」


「はい」


 何か不思議なことでもあるのか、とでも言いたげな表情をしている。不思議などころじゃない。


 日向の年齢は十九らしいが、文字が読めるようになってから十数年、ここの本の大半を読むなど、相当な本好きでないと無理ではなかろうか。


「へえ……」


 何となく気まずくなり、意味のわからない相槌をして本棚に視線を戻す。しかしながら、どうしようか。二冊ほど自分でも読めそうな本を取りはしたが、どちらも優先順位は低いもの。


 一番の目当ての本はとても借りれるような状態じゃない。


 ––––あっち行ってくれ、なんてとてもじゃないけど言えないよ〜。


 悶々と考えていると、ある事がふと頭に思い浮かんだ。


 ––––そもそも、目当ての本がどこにあるかなんてわかんない……。


 前回は何となく藤花から場所を聞いていたからわかった。だが、今回は何も聞いていないから、借りたい本がどこにあるのかがわからない。


 聞くなら、隣にいる日向に聞くしかない。むやみやたらに探して、業務に戻れないのも、他人に探しまくっている様子を見られるのも避けたい。


 ということは、聞くしかないのだ。何を言われるかわからないが、言うしかないのだ。


「〜〜〜っ。あ、あの!」


「はい」


 考えに考えた末、大きな声で話しかけてしまった。日向はびっくりしつつも返事をする。


「け……結界術に関する本って、ここにありますか!」


「結界術……」

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