三十八話 ここじゃない方が
「ここでいいですか」
「えっ」
突然のことすぎて、飛希は彼が何を言っているのかが全くわからなかった。
日向はそれでも話を進める。
「僕に訊きたいことでもあったんじゃないんですか。視線を感じましたよ」
「あ、バレてました……?」
飛希は恥ずかしげに頭をかく。確かに話しかけようとチラチラ見ていたという自覚はあったが、まさかバレているとまでは。
「それで、何が訊きたいんですか? まあ、風宮のことだとは思いますけど」
「そこまで読まれちゃってましたか。……単刀直入に訊きますが、風宮の人たちはどうして望緒のように、向こうから来た人たちを嫌うんですか?」
問われた日向は、少し考え、そしてゆっくりと話し出す。
「向こうから来た人たちがなぜここに来たかはご存知ですか?」
「え、向こうの空間で苦しんでたから––––」
「それです」
「どれ?」
「その“苦しんでいた”というのが忌避する所以です。彼らは死にたいと思うほど苦しんでいた。それがあの馬鹿たちには穢れだと感じるんです」
飛希はその話を聞いて唖然とした。確かに、神道では死は穢れだとする考えがある。しかし、別に彼らは死んでいない。ただ、環境のせいで苦しまざるを得ない状況に立たされていただけ。
それなのに、この仕打ち。
風宮が外から来た人間を受け入れない、その理由を飛希はすぐさま理解した。
自分たちの村が、穢れてしまうから……。
「理不尽だ……」
「はい、理不尽です。僕の代で終わらせなければ……」
––––終わらせる気満々だ……。
「まあ、そういう訳です。こちらとしても望緒さんはあの馬鹿たちに近づけたくは無いです。なるべく藤花に見ててもらいますが、それでも行き届かないことはあります。その時は彼女の精神面の養護をお願いします」
「はい」
「じゃあ、図書の間行きましょうか」
「あ、はい」
図書の間へ行くための道中、飛希はずっと考え込んでいる様子だった。ずっと下を向いて考え事をしている。
その様子を見かねて、日向は飛希に話しかけた。
「心配ですか」
「あぁ……はい。石火矢のところに来なかったらここまで嫌悪されることも無かったのかな、とか考えちゃって……」
返事は返ってこない。飛希が日向の方を見ると、彼は驚いたような、悲しそうな、そんななんとも言い難い顔をしていた。
「……申し訳ない。うちの馬鹿共のせいであなたがたにもご迷惑を……」
「いやいや、謝らないで! ただ、他の家だったらどうだったのかなって……。出水は龗ノ龍がいるからそれまた何か言われそうだな……。やっぱりいちばん安全なのは雷久保だったりするのかなあ」
そんな話をしても、日向は笑ったりはしなかった。沈黙が続き、気まずい時が流れる。
「––––飛希くんは、望緒さんが自分たちの元へ来て、どう思いました?」
「別に、来ること自体はそう珍しい事でもなかったから、なんとも思わなかったです。ただ––––今は一緒にいたいって思う。なんか結構楽しいんですよ、向こうの話聞いたりするの」
飛希がはにかんで言ってみせると、日向は優しく微笑んだ。
そうして図書の間に着いた二人は、目当ての本を借りて、自身の持ち場に戻った。
◇
「疲れたあ」
夕方、仕事が終わり、家に帰ってきた望緒は、飛希の部屋で大きく伸びをした。
「今日もお疲れ様。もう慣れた?」
「うん、藤花さんともそれなりに上手くやってるよ。人前では話せないんだけど……」
はは、と乾いた笑いが出る。この前風宮の当主に言われた事を気にして、望緒はできるだけ風宮の人間がいないところで、藤花と話すようになった。
飛希はどう反応するべきかわからず、困ったように微笑んだ。
「––––一つ、訊いてもいい?」
「ん? なあに?」
「……望緒は、石火矢に来て良かった……と思う?」
自分から訊いたはいいものの、どう訊けば良いかわからず、なんとなく歯切れが悪くなってしまった。
望緒はキョトンとした顔をした後、少し考えてから話し出す。
「うん、良かった。真澄さんたち優しいし、飛希とも一緒にいれるし」
「そっか……」
嬉しかった。もしかしたら、他の家系の方が良かったのではないか、そんな事を考えていたから。答えを聞いて、ほっとした表情を浮かべた。
「……どうしたの? 急に」
望緒は優しく微笑み、そう訊いてきた。
「あ……いや、その、風宮から疎まれてるのは向こうから来た人たちだけじゃなくて、石火矢もなんだ」
思わぬ回答に、望緒は思わず目を見開く。
「え、なに? どういうこと?」
「僕もあんまりよくわかってないんだけど、昔言われたのは『火は清いが、穢れやすい』って」
「よくわかんない」
「僕もよくわからない。ただ、風宮が石火矢を疎ましく思っているっていうことしか」
望緒は何も言えなかった。下を向いているので表情は見えないが、飛希の着物の袖口を掴む左手に力が入っていくのがわかる。
飛希はそっと右手を彼女の頭に乗せた。




