三十六話 疎ましい
とりあえず、自分の持ち場に戻った望緒は、社務所で参拝客が来るまで、藤花と待っていた。
「今日は人少ないですね」
「そうですね。結構こういう日ってあるんです。こんな日はすごく暇で」
藤花は困ったように笑いながらそう言った。意外と忙しい仕事よりも暇な仕事の方が苦痛なのかもしれない。
「藤花」
後ろから声が聞こえ、二人が振り返ると、そこにいたのは風宮の当主。
「どうかしました?」
「……いやなに、桐子が呼べと」
「お母様が? ごめんなさい、ちょっと行ってきますね」
「あ、はい」
そう言って藤花は社務所から出て行った。なのに、風宮の当主は一向に出て行く気配はない。
何やら、望緒のことを冷めた目で見つめている。
「……君は、外から来たんだね?」
「え……はい……」
随分と声音が低い。望緒はおずおずと答える。
「ならば、藤花と喋らないでくれないか」
「……え」
急な発言に、望緒の思考は停止する。
この人は何を言っているのだろう。言っている意味がまるでわからない。望緒は理解が追いつかず、何も言えないでいる。
「外の者がここにいることさえ疎ましいのだ。この家の重要な一角を担っている藤花と話すなど、あいつを穢す気か?」
––––ダメだ、何を言ってるのか本当にわからない。
今まで無かった他人の態度に、驚きを隠せない。しかも、なぜここまで言われなければならないのかも全くもってわからない。
光が全く灯っていない瞳が恐ろしい。
どう返すべきなのだろうか。謝るべきなのだろうか。何もわからず、涙が出そうになる。
「お爺様」
風宮の当主の後ろから更に声が聞こえた。あまり聞きなれない声だが、誰だか大方予想は着いた。
「……なんだ、日向」
声の主は、藤花の双子の弟である日向。彼もまた、実の祖父を冷めた目で見ている。
「……いえ。何をなさっているんです?」
「……」
両者は何も言わず睨み合っている。冷たい空気、望緒は今すぐこの場から出て行ってしまいたかった。
「……ふんっ」
諦めたのか、馬鹿馬鹿しくなったのか。風宮の当主は鼻息を鳴らして日向の横を通って裏へ戻って行った。
彼が出てからそう経たないうちに、藤花が帰ってきた。少し息が切れている。走って戻ってきたのだろう。
「あれ、日向……?」
「あの人なら出て行ったよ。不満そうな顔して」
「そ、そっか……」
藤花は安堵し、畳の上にへなへなと座り込んだ。日向は望緒の方に向き直り、口を開く。
「あれの言葉は気にしないでください。まともに受けていたら壊れます」
「はあ……」
とはいえ、そう直ぐに忘れることはできない。考えなくなったとしても、藤花の顔を見れば、また思い出す。それに、喋っていたら、きっと何度でもあれは文句を言ってくるだろう。
聞かないふりをしても、望緒の性格では結局気にしてしまうだろう。誰にも相談できず、一人溜め込んでしまう。
どうしようかと悩んでいると、藤花と目が合ってしまった。望緒は思わず目を逸らす。
やってはいけないことだったとは思う。だが、あんなことを言われた後で、どう前のように接しろと言うのだ。
「……じゃあ、僕はもう戻るから。二人も仕事に専念してね」
「あ、うん。ありがとう」
そうして、日向は裏へ戻った。藤花もいつも通りの場所に座る。しかし、会話は何も無い。
望緒は未だに頭の整理がつかないでいる。あんな事を言われる筋合いなど、彼女には無かったから。
初めてここへ来た時、飛希が“嫌う場所”と言っていたのは、こういうことだったのだろうか。
色々気になることはあるのだが、訊く勇気が出ない。
もしかすると、藤花は今まで無理に自分と話していたのではないか、そんな考えが頭に巡る。
「––––の、あの」
誰かの声で、望緒の意識は現実に引き戻された。
ハッと視線を前に向けると、そこには参拝しに来ていたお婆さんがいた。望緒がぼーっとしていたからか、心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫?」
「あ、はい。すみません」
「なら良かったわ。厄除の御守りくださる?」
望緒は返事をして、指定の御守りを取り出し、それを差し出した。お婆さんはお金を払い、一礼してその場を後にした。
––––まずい、このままじゃ仕事に集中できない……。
「あの、望緒さん」
「は、はい!」
急に呼びかけられたのと、焦っていたことから、望緒は普段出さないような声量で返事をしてしまった。藤花は少々驚きの表情を見せる。
「祖父に、何を言われましたか?」
率直に訊かれ、望緒は目を見開いた。
これは、果たして言っても良いものなのだろうか。本人に言って、彼女も傷ついてしまったらと思うと、望緒は言うに言えなかった。
「––––私と話すなと言われましたか?」
望緒は何も言わなかった。ただ、手をグッと握りしめ、力なく頷くことしかできなかった。
藤花は小さくやっぱりと呟いた。
「やっぱり……?」
「はい、祖父––––風宮家の人間は、基本的に外から来た人たちを忌避する傾向があります。不浄だとかなんだとか言って……」
聞けば、四家の中で唯一、風宮だけが外から来た者の受け入れを行っていないんだとか。つまり、風宮の村はこの空間で生まれた人間しかいないということになる。
「私や日向は母っ子だったので、そんな父や祖父のことが、はっきり言って嫌いなんです。自分たちの考えを押し付けて来るような人間なので」
「でも、なんで……」
「血統が全てだと思ってる節があります。近親者ではないにしろ、風宮の血が入った者同士での婚姻をずっとしているんです。何か少しでも他の血が入るのがいやらしくて……」
藤花は沈んだ表情でそれを語る。その表情には、風宮の人々の行動がバカバカしいという感情も入っていそうであった。
「それでなくても、風宮の男児は霊力が多くないんです」
「どういうことですか?」
「いつの頃からか、風宮で産まれる男児は、霊力が他の三家よりも少なく生まれるんです。だから、女児もとい次男以降は彼らを支えるため、あの後衛の術を覚えるんです」
「……!」
望緒は驚いた。それではまるで、長男以外はただ家の為に使わされているようなものではないか。いや、まるでではない。実際そうなのだ。
「正直、それ自体は別にいいんです。ただ、それで支える側が外の者となるべく関わらないように制限してくるのが本当に嫌なんです。関わったら穢れが移るとか何とか言って」
風宮の当主も望緒に言っていた。『穢す気か』と。この話を聞いて、望緒はようやっと彼の言っていた意味がはっきりわかった。
ただ、向こうの空間から来た人々が穢れているなど、不本意だ。
恐らく、向こうから来る人々は死にたい、消えたいといった想いを抱えているからだろう。実際、望緒もそうだ。
四家は神社を経営する。つまりは神道の精神だ。神道では死を忌むべき対象としている。風宮はその考えが強いのだろう。
藤花は一通り話し終えたあと、望緒の方に向き直り、頭を深々と下げる。
「申し訳ありません」
「謝らないでください……!」
「いえ、謝らせてください。私があの時、母に呼ばれたなどと言う嘘を見抜けなかったことが悪いんです」
「えっ」




